アランから連絡が入った。マクシミリアンが故郷アラスに帰るので 送別会をやるというのだ。
日程を確認するとちょうど近衛は休みだった。アンドレはミシェルに確認して 出席の返事をした。  

さて当日、会場の"黒い瞳亭"に着いてみると 
集まっていたのはアランとベルナール マクシミリアンだけだった。
”えっこれだけ”とアンドレは思ったが口には出さなかった。
マクシミリアンの普段の事を思うと この方が良い気がした。
彼は人と付き合うのが苦手だ。アンドレとミシェルが近づくと 
マクシミリアンとベルナールが驚いた顔をした。
「よお ミシェル アンドレ 先に始めてたぜ。」
アランはふたりに陽気に声をかけた。
「今日は三人だけかと思っていたのに アンドレ達も呼んでいたのか。」
ベルナールである。
「しけたつらした野郎三人じゃつまらんから きれいどころを呼んだんだ。」
アランはまあまあ座れと ミシェルをマクシミリアンと自分の間に座らせた。
「だれがきれいどころだ ばかやろう。」
毒づきながらもミシェルは従った。
「おまえはあっち」
アンドレはアランとベルナールの間に座らされた。
ちぇっと思いながらも今日は仕方ないと大人しく座った。
丸いテーブルにマクシミリアン ミシェル アラン アンドレ ベルナール の順に座る形になった。

「まずは マクシミリアンの輝かしい前途を祝して乾杯だ。」
ベルナールが音頭をとった。
「しかしなミシェル おれ達の共通の女友達って おまえしか思いあたらなかったんだが  
相変わらずガサツなやつだ。」
アランがミシェルの方を向いて言った。
「何だけんか売っているのか。表に出ろ。さっきからきれいどころだの 女友達だのと。」
「わかったわかった ミシェル殿は男のなかの男だ。」
アランはここで言葉を区切って わざと
「まったく 女にはみえん。」
ときっぱりした口調で言った。こうなるとミシェルもイラついてくる。
「なんだと久しぶりに会って ごあいさつだな。わたしとて 少しおしゃれをすれば
そんじょそこらの女より ずっと美しいのだ。」
「ほお ならここにディアンヌから借りた口紅がある。つけてみろ。」
何でそんなもの用意しているんだよと アンドレ ベルナール マクシミリアンの 三人は
心の中でツッコんだが カッカッしているミシェルはこの不自然さに気づかない。
「貸せ。それとアンドレ。このリボン あそこのウェイトレスみたいにしてくれ。」
ミシェルは髪を束ねていたリボンを解いてアンドレに渡した。
ミシェルの視線の先には頭のてっぺんに可愛くリボンを乗せた女の子がいた。
「あの子みたいにか。おまえには似合わないと思うぞ。」
「うるさい 早くしろ。」
「はい はい」
アンドレは立ち上がって 言われた通りにしてやった。その間にミシェルは口紅を グリグリと塗っていた。

「どうだ。」
自信いっぱい胸を張るミシェルに 一同は言葉が出なかった。最初に笑い出したのはアンドレだった。
腹を抱えて笑い転げてる。続いてアランとベルナールも大声で笑い出した。
マクシミリアンは困り顔ではあったが口の端はひくひくしている。
「何がおかしい!!」
[おかしいさ。ちょっと待っていろ」
アンドレはそういうと店の人に鏡を借りてきた。
「見てみろよ」
そう言れてミシェルは鏡を覗き込んだ。そこには口紅がはみ出し 
まったく似合わない髪型をしたまぬけな女が映っていた。
「ははは・・・」
ミシェルは笑った。
「確かにこれは おかしいや。」
「だろ。」
もう一度皆で一斉に笑った。今度はマクシミリアンも一緒に。
「そんなに女になりたいんなら おれがしてやるよ」
アンドレは言いながら自分のクラバットをするりと外した。
"おまえが言うと 別の意味に聞こえるぜ"アランは心の中で呟いた。
アンドレはミシェルの口紅を拭いてやってから 後ろにまわって彼女のクラバットを外した。
他の三人の男たちは一瞬ドキッとした。続いてアンドレはミシェルのブラウスの首元をグイと広げた。

おお・・・! 三人は心の中で同時に叫んだ。

ミシェルは嬉しそうにに鏡を見ていて何の抵抗もしない。
アンドレは寛げた襟元に器用にひだを寄せながら 二人分のクラバットで二重のフリルを作った。
仕上げにリボンを真ん中に結んだ。
なかなか可愛い仕上がりに三人は感心した。ミシェルも満足そうだ。
「こっち向いて。」
アンドレがミシェルの顎を持ち上げて口紅をつけた。さっきと違い彼女の小さく可愛いくちの輪郭に
ぴったり沿っている。鏡を見てミシェルは照れたように微笑んだ。

「なにさっきから 面白そうな事してんの。」
頭の上にリボンを付けた ウェイトレスが声をかけてきた。
「あら可愛い お客さん女の人だったのね。」
目を輝かせて
「おねえさんがもっと可愛くしてあげる♪」
そう言うと 店に飾ってあった花をいくつか取って来て ピンでミシェルの髪と胸元に留めた。
「おおー!」
男達は口々に褒めたたえ始めた。
「女に見えるぞ。ミシェル」とアラン。
「素敵です。ミシェル」耳まで真っ赤にしてマクシミリアン。
「へぇ〜。馬子にも衣装か」とか何とか言いながら まんざらでもないベルナール。
「まあまあだな。」とアンドレ。
アンドレだけは以前ドレスアップしたミシェルを見た事がある。
アンドレはウェイトレスにそっとチップを渡しながら
「ありがとう。」
と言葉を添えた。ウェイトレスは片目を瞑って
「ど〜も。」
と答えた。立ち去りながら
「おにいさん。取られないようにお気をつけ」
とふふと微笑んだ。何のことかアンドレにはわからなかった。
アンドレ・グランディエ    次へ    
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