月を見上げるマクシミリアンは あの楽しかった夜を思い出していた。
アランと見上げた月も今夜のように美しかった。

「詩歌の会など 先生にはお退屈だったかしら。」
ふいに横で声がした。美しく品の良い女性が微笑んでいる。
「いえとんでもない。あまりに美しい月なので つい見入ってしまっていただけなのです。」
「まぁ 月を では月にちなんでご披露いただきたいわ。」
「では 頑張ってみます。」
マクシミリアンは答えた。彼はアラスに戻って弁護士をしていた。
社会的に弱い立場にある人の弁護を進んで引き受けた。腕も良く評価も高かった。
人付き合いは苦手だが社会人としてそれなりに努力していた。
今日も地元の詩歌の会に顔を出していたのだ。
彼は目を閉じて 静かに詩を吟じた。

 ぬばたまの王に 抱かれし
 月の光の姫は
 その甘きかいなに まどろむ

 天を仰ぎて 姫をみつけ
 手を伸ばしてみても
 しょせん 届かぬわが身

 そのやさしき光は 地に降りて
 すべてのものに 降り注ぐのに
 御身は 決して降り立ちぬ

 水面に映る その姿
 喜び 勇んで 
 手を さしのべれば
 瞬く間に 揺れて 滲んでく

 哀しく目を 上げて
 あなたの姿に 目を留めて
 溢れる想いは 目からこぼれてしまうのに

 あなたは なにも気づかぬように
 ゆらゆら 彼の腕の中で憩う

 月の光の姫と ぬばたまの王の逢瀬を
 叶わぬわが身は ただ見つめるだけ

 ただ見つめるだけ

マクシミリアンはいつかのあの"誘拐事件"の夜を思い出していた。
あの時 初めてミシェルが女の子だと知ったのだった。

「素晴らしいわ先生。まさかこんな恋歌を詠まれるなんて、思いませんでした。
どなたか 心をとめた方がいらっしゃるのかしら」
女性の声でマクシミリアンは現実に戻った。
他のメンバーもこの以外な展開を 好意的に受け止めてくれたようだ。
あの堅物先生にもこんな一面もあるのだと
女性の問いに 彼は微笑みだけを返した。

彼が再びミシェルに会うのは 31歳の時アルトワ州の代議員として三部会に赴く時であった。

FIN  

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