翌日 えらく早くにレオンはやってきた 
ためらいがちに門に立っているのを門番の方から声をかけて中にいれてやった 
レニエも今朝は早く起きて待っていた。頑なに辞退するのをなかば強引に朝食に誘った。
マドレーヌはすぐ来たがレニエをみてレオンに飛びつくのをかろうじて留まった 
「マドレーヌ わたしはレオン君に話があるから 屋敷のみんなとお別れをしておきなさい」
マドレーヌは素直に下がった。緊張するレオンにカフェを勧めレニエは話しはじめた
「マドレーヌは わたしの大切な妹なんだ どうか大事にしてあげてほしい」
レオンは力強く頷いた。
「それから・・・」
先を続けようとしたが涙がこみあげてしゃべれなかった。レオンは立ち上がり
「約束します 大事にします」
そういうとレニエの手を握った レニエはちからいっぱい握り返した。
それに応えるようにレオンも力を込めた。それでレニエには十分だった。彼は信頼に足ると思えた。

 「おや おや 美味しそうだね わたしもいただきたい 」

充血した目をしてクロエがやってきた。内心レニエはほっとした 
涙を手の甲でさっと拭って召使いを呼んでクロエの分の朝食を用意させた。
「さてと レオン君」
クロエは持っていた包を開くと早速説明を始めた。
「これは咳止め これは解熱剤ね 容量効能はそれぞれ袋にかいてあるけど使うタイミングは・・・」
一通り説明が終わるとクロエはすでに用意されていたカフェを一口飲んだ。
「こんなにたくさん・・・」
レオンは目をまるくしている。
「君にじゃない マドレーヌにだ 言っただろう彼女は大事な人なんだ」
「ありがとうございます。」
レオンは大事そうにクスリを包にしまった。
クロエが同席してくれたおかげで会話が楽になり三人はなごやかに朝食を楽しんだ。

 やがて別れの時がきた マロンは娘の手を取り泣いた マドレーヌも泣いていた
「元気でね わたしを産んで育ててくれてありがとう」
夕べも告げた言葉だがもう一度言いたかった。マロンはエプロンを顔にあてて返事ができない 
そっとマドレーヌは母の背を抱いた。レニエは静かに見守った
「さようなら みなさん ありがとうございました」
マドレーヌは晴れやかに旅立った。マロンは娘の姿が見えなくなるまで見送っていた。
レニエもそれにつきあった。何度も何度もマドレーヌは振り返り手を振った。
完全にみえなくなるとレニエはマロンの背をだくように屋敷の中に入った 
侍女達がマロンを連れて行くとクロエはレニエに
「じゃ これ」
紙切れを渡した
「なんだこれ 法外じゃないか」
感傷的になっていたレニエは一気に現実に引き戻された気がした。
「なにをいうか わたしの時間外労働分がはいってるんだ 当然だろう」
「わかった わかった 払ってやるよ」
レニエは意地悪く笑って
「その代り 往診一回サービスしろ 今からわたしに付き合え」
「あのね レニエ このクマが見えない?
君の無茶な要求にこたえて一晩中クスリの調合してたんだけどね。」
「なにいいやがる わたしからふんだくった金で一晩でも二晩でも貧乏人助けてるやつが」
にやりとクロエはわらって
「しかたない サービスしますか お得意さまですからね」
そう言って悪友の肩を抱いた。

「君にわかるか 妹を嫁にやる兄の気持ち」
もう ぐでん ぐでん のレニエにクロエは
「はい はい そりゃもう哀しいですね」
あやすように返事をした。もう自制心はないだろうとクロエは思った
「なあ レニエ」
「うん?」
「マドレーヌのどこが 好きだった?」
「勝気なところ」
「えー! 勝気? そうはみえなかったが・・・」
「カチキだよぅ いくらいっても甘えず頑張ってたじゃない ハハ」
「そういう意味か」
「それから やさしいところ いろんなことに感謝したり 感動したりするところ」
「ふーん」
「太陽が暖かいって感謝して 虹がきれいって感動して お菓子を美味しそうに食べてくれて・・・」
レニエは語り始めた。
「やわらかい栗色の髪を揺らして ちいさな口で微笑んで レニエさまって 
だからいつか彼女がほしがっていた健康をあげるつもりだった。
わたしの腕の中ですけるような肌をバラ色にそめてあげるつもりだった。
わたしが幸せにしてあげるはずだった。」
レニエは体を起こしてクロエを掴んだ
「なあ クロエ マドレーヌはさ 自分で健康を掴んだよ だってあいつ ケンコウそのものじゃないか」
カハハハとレニエは笑って またテーブルに倒れた そして泣いた
「クロエェ 君にわかる・・か・・・」
泣いて 泣いて そして眠った。
クロエはそんな彼に付き合ってだいぶ飲んでいた。
レニエが寝てしまうと自分もテーブルに突っ伏してしまった。

"わかるかって レニエ さあな 
けれど君が自分の気持ちに気づかなくてよかったのかもしれないと思うよ。 
気づいてもどうしょうもない。行ってしまったのだから。
なるほど 健康か 確かに医者の目からみてもそう思うよ。肉体労働者の筋肉 強いちからのある瞳 
レオンはマドレーヌが求めてやまない 健康を体現したような男だったな"

うまいこというなこいつと思いながらクロエもまた眠ってしまった。
本当は使い果たしてしまった薬剤を薬問屋に発注したりしないといけないし 
父親不在の診療所をあまり留守にしておけないのだけれど 目の前の患者を放っておけなかった。
恋の病の患者にクロエが出した処方箋は"友情"だった。

この年 レニエは結婚した 相手は父親が選んだ貴族の令嬢だ。
平民のレオンと違いル・ブラン伯爵家の跡取りレニエに花嫁を選ぶ自由は許されない。

FIN

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