屋敷に戻るとばあやが心配そうに震えていた
「大丈夫だよ ばあや応接室に来ておくれ」
レニエはそうやさしく言った。マドレーヌが
「お母さん ごめんなさい でも大丈夫だから」
いいながらマロンの手を引いた。男はおずおずと大きな体で二人の後に付いた。
「俺はレオン・グランディエと言います。ノルマンディーのグラン村の大工です。」
豪華な応接室にドギマギしながら男レオンは話しはじめた。
仕事でベルサイユに来ていたこと 明日帰るので
その前に一目惚れしたお嬢さんをもう一度見てみたくて忍び込んだことなど自分のことを一通り話した。
それから今度はマロンがマドレーヌについて話をしていると侍女がラソンヌ先生の到着を告げた。
すぐに通すようにいうと程なく若い男が入ってきた。 「なんだ お前か ラソンヌ先生はどうした?」
「失敬な わたしもラソンヌ先生なんだが」
若い男は言い返した
「紹介しよう 我が家の主治医ラソンヌ先生のご子息 クロエ・ド・ラソンヌ先生だ」
レニエはレオンに言った。クロエは気さくに握手を求めレオンはおずおず応じた
「あいにくと 父は今日イタリアに発った でもわたしがちゃんとわかってるから心配しなくていいよ 
これでも イタリア帰りなんでね」
クロエは片目を瞑ってみせた。そしてマドレーヌの病状をわかりやすく丁寧に説明した。
「さて レオン君 今までの話を今夜一晩考えてくれ 
その上でまだマドレーヌを望むなら明日むかえにくればいい。
もしこなければ こちらは君の気が変わったと解釈しよう マドレーヌもよく考えなさい」
レニエはそう言った。名残惜しげに見つめるレオンを見送って
マドレーヌにもばあやとよく話すように言って下がらせた。
「鎮静剤いるか?」
みんながいなくなるとクロエはレニエに言った。
「そんなもんはいらん それより・・・」
レニエの注文にクロエはまいったなと思いはしたが引き受けた。

クロエも帰るとレニエは一人自室のベッドにごろんと横になった。
なんだかすごく疲れた気がした。ふと父上が留守でよかったと思った。
あの頑固者がいたらややこしくなった。いろんな感情がない交ぜになって収集がつかない。
もういいやと無理に寝ようとしたが寝れなかった。鎮静剤もらえばよかったかなそんな気さえした。

"何故こんなに 落ち着かない?"

自分はちゃんとなすべきことをしたはずだ。寛大にして公正に。
なのに何故こんなに心がざわつく こんなにやきもちした割り切れないいらつきは 何故だ

"クロエにはわかっているのか だから 鎮静剤などといいだしたのか"

あいつは医者だからいつもすましてわかった風にしている。本当はどこまでわかってるのか。
まさかわたしよりわたしのことがわかってるのか。

"マドレーヌの事か"

ざわつくのはそのせいだろう。

"では わたしにとってマドレーヌはなんだ?"

乳兄弟 幼馴染 姉?いや少しわたしより早く生まれてるが妹という方がしっくりくる。

"そうか! マドレーヌは妹なんだ!"

レニエは身をガバッと起こして 笑った。なんだそうか これは妹を嫁にやる兄の心境なんだ。
または花嫁の父みたいな感じか 
「なんだ そうか そうなのか あははは・・・」
レニエは声に出して笑った 手を顔に当てて笑った 
やっと泣けた 安心して泣くことが出来た 哀しいのはそういうことなんだと安堵した 
前へ     アンドレ・グランディエ    次へ
inserted by FC2 system