「オスカル」
アンドレが優しく話しかける。
「何だ?」
目を閉じたままオスカルは答えた。
「明日からの 新婚旅行 行先変更だ。イタリアは止めて日本に行くぞ。」
「えっ!?」
驚いてオスカルは体を起こしてアンドレを見た。
「しかし 日本は遠すぎるだろう。確かにわたしは行きたいとは言ったが 現実には無理だ。
いったい船でどれだけかかるか 知らないわけではあるまい。」
「確かに 現実にはな。だがフィクションならどうだ。」
そう言うとアンドレは小さなチケットの綴りのようなものを取り出した。それには

"これはフィクションであります券"

と書かれていた。
「黒髪の歌姫さまに頂いた。結婚の祝いの品だ。
これを使えば都合の悪い現実を都合良く変えることができるそうだ。」
「ということは・・・」
「そう 通常命がけで何か月もかかる日本へ一瞬で着くこともできるというわけだ。」
「そいつは すごい!」
オスカルは嬉しくなってアンドレの首に腕を回して抱き付いた。
「良かったな オスカル これで "サムライ" に会えるぞ」
あはは・・と二人ははしゃいだ。昔この部屋を見つけた子供の頃のように。

ひとしきり笑ってアンドレはふと オスカルの顔を見つめその顎に手をかけ引き寄せた。
オスカルも再び目を閉じて愛する人の口づけを待った。

いままさに 唇が重なろうとしたその時であった。

バーン!!!「甘いぞ!アンドレ!」

思い切りよく隠し扉が開き アラン達が乱入してきた。
「あれ?たいちょ〜う?何ではだかじゃないんですかぁ?」
フランソワがアランの陰から声をあげた。
「だ・・だ・・だから ま・・まだ早いってい・・い・・いったんだ」
「ばか 本当におっぱじめてるところに ジャマしたら洒落になんねえだろ。」
「えっでも もうちょっと ねぇ?」

「何好き勝手な事を言っているんだ。よくここが分かったな。」
アンドレがあきらめ顔で尋ねた。
「おれ達には ベルナールがついているのを忘れたか。」

"あいつめ・・・後でどうしてくれよう。既婚者のくせによけいなマネを"

しかし こうなっては仕方ない。アンドレは腹を決めた。
「ほう 観念したか アンドレ」
「いいから 早く出せ!」
「まあ そうあせりなさんな。」
アラン達は廊下に置いてあった壺を運んできた。

「さあ あ〜んして アンドレ」
スプーンの上には何やら肉らしきものが乗っている。

しかし・・・しかし!!!

壺の中は真っ赤で その肉も赤く彩られている。

「うっ・・・なんだこれは?」
「味わってからのお楽しみだ。」
アランはニヤニヤして見ている。

パクッ

モグモグ・・・うっげぇぇぇ・・・!?

アンドレが吐きそうになるのを 男達は抑え込んだ。
「次はわたしか・・・」
のたうつアンドレの姿に恐怖を感じながら 蒼ざめた顔でオスカルはつぶやいた。

「オスカル 食べるな!飲むな!匂いも嗅ぐな!」
アンドレはまだひりひりする咽喉を押さえて叫んだ。
「あっ 隊長は今回は免除ですよ。」
ニコニコと元衛兵隊員達は言った。
「しかし これは普通花嫁も食しなければいけないのだろう?」
「いいんですかい。隊長。ネズミの激辛スープですよ。」
「な・・・ネズミだと!?そんなもんおれに食わしたのか!」
「そんなもんとは失礼な。おれの常食だ。」
「さあ アンドレ君。せいぜいお腹いっぱい食べて たらこ唇になってもらいましょうか。」
「うわぁ やめろ!」
「こ・・・こ・・・これで と・・当分 き・・・き・・・キスできねえぞ。」

ギャアァァァァァ!!!!!

許せアンドレ "花嫁のスープ" の中身を知ってしまっては オスカルはとても飲む気にはなれなかった。
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