三人がそれぞれ互いを気遣っている間も歴史は動く。

ベルサイユに住まう高貴なる人々は彼ら以上に 不安な思いを抱え浮足立っていた。

巨大な過去の栄華を纏ったガタガタの宮殿に
あの夜、崩壊の一振りを下したのはリアンクール公であった。

ありえないことであった。夜間、王に近づくことなど出来るはずがないと思われていた。
王の寝室までには衛兵が見張るいくつもの扉があり、
寝室の隣の間では従僕達が寝ずの番をしている。
さらに王の寝台の足もとには第1近侍達が控えているのだ。

このように守られている王の眠りを妨げてまでも 
その報は価値があるものだと 判断されたのか あるいは彼の剣幕に押されたものか。
宮殿中はリアンクール公が王に何を告げたのかが分からず 
前代未聞のこの出来事に不安な朝を向かえた。

どうやら バスティーユが陥ちたらしい。

パリから戻った人々の話に 誰もが半信半疑であった。

それが真実であると実感したのは
王がひょっこり 宮殿を歩いて出られたときだ。

これもまた あり得ない事であった。
王は羽飾りのついた帽子ではなく ひかえめなビロードの帽子を被り
王太子ルイ・ジョゼフをその腕に抱き 衛兵も付けず 
ただ二人の弟を従えただけで スタスタ歩いて宮殿を出て行った。

王は皆が驚きを持って見つめる中、堂々と迷いなく進んでいく。
その後ろに隠れるように付いて行くプロバンス伯とアルトワ伯とは対照的だった。

その行進は国民議会の前で止まった。
まさに これから王に進言しようと 代表団を組みその一団にむかって 
ミラボーが議会中を揺るがすかのような大声で訓示を垂れているところであった。

突然の王ルイの訪問は 議員達を驚かせ彼らに"心の武装"をする隙を与えなかった。
ルイは座ることもせず立ったまま 話を始めた。そしてそれは大きな勝利をもたらした。
ラ・ファイエット候らは嬉々としてパリに旅立ち、議会からルイが帰る道には
民衆が溢れ歓喜の声を上げ 感動の涙を流し 
「王様万歳!国家万歳!自由万歳!」
を絶え間なく叫んだのだ。

ルイはこの歓声の中 自分は何者になりたかったのか 静かに再確認していた。
外側は喧騒の中にありながら 彼の心のうちは静かであった。本当の敵は民衆ではない。

ルイは宮殿に戻ると 興奮冷めやらぬ民衆に応えるため 一族を引き連れバルコニーに現れた。

王妃マリー・アントワネットの手を引き 反対の手には王太子ジョゼフを抱いている。
シャルル王子 マリー・テレーズ王女 プロバンス伯爵夫妻 アルトワ伯御一家がそれに続く。
けれど彼らはにこやかに民衆に笑いかけることはしなかったのだが。

それでも民衆は彼らに「王様万歳!国家万歳!自由万歳!」の喜びの声をあげたのだ!


その歓喜とはうらはらに 王が軍隊を撤退させたことに宮殿内は恐怖に見舞われていた。
いったい 誰がわたし達を守ってくれるというのだろう?
あのバスティーユでさえ 陥とす 野蛮な輩から。

その恐怖を煽るかのように 怪文書が宮殿のあちこちで回し読みされた。
それは 「改革のために 打ち落とさなければならない 286人の首」であった。
そのリストの最初の一人はマリー・アントワネット。
そしてその次に書かれていたのはアルトワ伯であった。

ルイの頭は冴え始めていた。
夕べ リアンクール公が教えてくれた"革命"と言う言葉がルイが本来持っていた 
王たる資質を呼び覚ましたのだ。

この好機を逃してはならない。

ルイはいつもの愚鈍さを装いつつ 着々とことを運んだ。
国務査問会議を開き、あたかもおろおろ不安げな様子で
「逃げ出した方がいいのだろうか?留まるべきだろうか?」
と皆に尋ねたのである。

この頼りない様子に アントワネットは早々と侍女達に荷造りにかかるよう命じ、アルトワ伯は
「いったんメスまで行きましょう。そこから革命をつぶすのです!」
と強く進言した。

プロバンス伯は
「いや 留まるべきでしょう。」
そう言い 窓を開け 
「民衆の歓喜の声が聞こえるではありませんか。」
言いながら、不敵に笑った。

"なるほど プロバンスめ、わたしを民衆に殺させ、跡を継ぎたいのだな"

ルイは狼狽えた仮面を外さず 皆の行動をつぶさに観察した。
そして 意見がすぐにまとまらぬように会議を誘導した。
夜を徹した会議中、刻々と軍隊の現状が届けられるようにしながら。

「フランス衛兵隊だけでなく 他の隊からも続々と離脱者が出ております!
暴動が 反逆が 各隊で相次いでおります!」
これらの報は増々 会議にいる人々 いや、宮殿内の人々にも 不安と恐怖を与え続けた。

これらがピークになった頃合いで ルイは何も決めぬまま
「バイイと話をする。」
そう 言い捨てて会議を終えてしまった。
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