たしかに ルイとカロンヌ氏は世間を理解しなさ過ぎていた。
首飾り事件、相次ぐ不作などで疲弊し王家に不審を抱いている民衆に
巨額の赤字を提示すれば それは危機感というより 
怒りに転じると何故理解できなかったのだろうか。

それにしても、何故こんなにも素早くカロンヌ氏を非難する、
それも民衆に分かりやすい"個人的な悪口"を広めるビラを作り上げることができたのだろうか?
彼の私生活を町のジャーナリストが何故こんなにも克明に知りえたのか?

それにはこう書かれていた。
「彼はあの淫らなポリニャック夫人に推挙されて宮廷にのし上がったのである。
その見返りに多額の年金をポリニャック家に支給したのだ!
諸君!騙されてはいけない!彼は何より贅沢が大好きで気取り屋で借金まみれの嘘つきだ!」

そして、何故か、相対するようにネッケル氏が褒めちぎられていたのだった。

今、ルイはわずか5日前に自分が罷免したネッケル氏に
戻ってくれと手紙を書かなければならなかった。

ルイはネッケル氏が好きではなかった。彼は確かに才能ある財政家であるが 
それよりも自分を良く見せたい感情の方がはるかに上回っていた。
初めネッケルを起用した時も在任中都合よく事実を捻じ曲げ、
王制を批判する「財政報告書」なる本を出版していた。
彼が自ら辞任した後分かった事だが、この本にも書かれていた
約1000万リーブルの黒字などどこにも存在しなかったのである。
彼の後を引き継いだジョリ・ド・フルリーが出した報告書には赤字が8000万リーブルと記されていた。
しかし、ここでも何故かフルリーの計算能力が問題視され フルリーは罷免されてしまったのだ。

カロンヌ氏が在任中もネッケル氏は3巻にも及ぶ「フランスの財政管理に関する試論」なる本を出版し
自分の過去の業績を賞賛し、カロンヌ氏の政策を批判していた。

そんな彼であっても ルイは世論に押され 再び起用したのだ。
実際彼は返り咲いても何もできはしなかった。
ただ いたずらに数字の魔術を駆使したに過ぎなかった。

ネッケル氏への短い手紙を書き終えると ルイはそれをバイイに渡すよう言いつけた。
王の手紙に国民議会からも 彼の復職を願う文書が添えられることになっていた。
そして、ブリュッセルのネッケル氏に届けられるのだ。

"彼が到着するのは早くとも今月の終わりにはなるだろう。
もしかしたら あの不愉快な顔を見ずに逝けるかもしれない。"

ルイはふとそんなことを考えた。明日はパリに向かう。
バスティーユを守っていたド・ローネ候は首を落とされ槍に刺されさらし者になったという。
恐ろしくないといえばうそになる。それでも自分は行かなければならない。

時が 待ちに待っていたチャンスが来たのだ。

大切なものを守るために わたしは命を懸ける。

ルイは静かな覚悟を決めていた。
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