パリを出るとルイはラ・ファイエット候に控えめに頼んだ。
「帰りに寄り道しても構わないだろうか?」
「どちらにでしょうか?」
「ジャルジェ将軍の屋敷へ。」
それを聞くとこの伊達男は大げさに喜びを表し大声で
「おお あのバスティーユの英雄の御父君のところへですね。もちろんです。」
と言って上機嫌で承知してくれた。

ジャルジェ将軍はオスカルの謀反の後 自主的に謹慎していた。
国王訪問の前触れがくると 静まり返っていた屋敷が俄かに騒々しくなり、
厨房の火は激しく起こされ、女中たちは新しいクロスをテーブルにかけ 庭師は花を摘んだ。

ジャルジェ将軍は外に出て王を出迎えた。
膝をつき頭を垂れる将軍をルイはそっと助け起こした。
「ジャルジェ将軍 今日は感謝をしにきたのだよ。」
そう微笑むルイにジャルジェ将軍は言葉もなく驚いている。
「ともかく中に入れてくれたまえ。」
ラ・ファイエット候の声にやっと将軍はルイを中に案内した。

突然の訪問ではあったが、テーブルには極上のワインととりどりのつまみが並べられた。
ルイはにこにことそれらを眺めた。
「急なことなのにありがとう。」
「とんでもございません。陛下に差し上げるにはまだまだ足らないことは承知しております。
お恥ずかしいことです。」
「いや 恥ずかしいのはわたしの方だ。」
ルイは静かに話し始めた。

「わたしは王でありながら このような事態を招いてしまった。」
ジャルジェ将軍は返す言葉がない。今日王がパリに行かれたことは知っている。
自分もその護衛に加わりたかったが 謀反人の父がでしゃばるのはためらわれた。
将軍は一日 神に王の無事を祈り続けていたのだ。

「しかし、今日わたしはパリで国民に受け入れられた。」
目を伏せ 指を祈りの型に組む。
「もし、軍隊が国民を虐殺していたならば 
もうわたしは国民の愛を受けることはなかったであろう。
それを防いでくれたのは他でもない。」
ルイは手を伸ばして将軍の手を取った。
「そちの娘 オスカル・フランソワであった。」
ジャルジェ将軍の目にみるみる涙が溜まり溢れた。
「聞けば 彼女は行方不明だとか さぞ心配であろう。」
ルイの言葉にラ・ファイエット候はピクリとしたが 幸い誰にも気づかれなかった。
「わたしも探させる。そしていずれわたしの口から直接礼がしたい。
しかし今は彼女の父であるそなたにまずは伝えよう。ありがとう。」
「も…もったいないお言葉でございます。」
ジャルジェ将軍はやっとの思いでそう答えると、肩を震わせて泣いた。
その肩をルイは優しくポンポン叩き
「明日からは また出仕してくれるな。
オスカルを将軍に昇格させる任命を代わりに受けて欲しい。」
「はい…!」
ラ・ファイエット候は拍手を送った。
それを皮切りに皆が拍手を送り それが静まると軽食を食べ 
小一時間ほど滞在してルイはジャルジェ邸を後にした。

ベルサイユ宮殿はもうすぐである。ルイは心が躍った。

生きて帰れた。

妻が 子供達が待つベルサイユに。

夜の10時を回ってはいたが ルイの家族は皆起きていて彼を出迎えた。
泣きじゃくる彼ら愛しい人々をルイは次々に抱きしめ、キスを贈った。
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