オスカルはまだ、王のこの勝利を知らなかった。リオネルに頼んでも
「いずれわたくしの主人が詳しくお話なさるでしょう。」
としか言わない。

そんなイライラしているオスカルを隣のベッドのアンドレが宥めた。
「オスカル 落ち着けよ。大丈夫だ。陛下は国民に愛されている。めったなことは起こらないさ。」
アランもまた 
「隊長がここでいらついても どうしょうもないでしょう。傷に触りますよ。」
とオスカルを寝かそうとした。

確かにそうなのだが 落ち着かないのだ。
だがこれ以上周りに気を使わせるのも本意ではない。
オスカルは目を閉じた。

確かにこの体ではどうにもならない。早く体を治さなくてはと思う。
けれど静かにしていると今度は隣で寝ているアンドレが気になる。
天蓋のカーテンで顔は見えないが 確かにそこに彼がいることが
盛り上がった掛布のラインでわかる。

すぐに駆け寄りたいが ここでは囚われの身。耐えるしかない。

ふと、アントワネットさまのことを思った。
フェルゼンと愛し合いながら いつも公式の場では 
否、打ち解けた場であっても人目があるところでは 
きっと今の自分のように切なく耐えていらしたのかと考えた。

今はどうしていらっしゃるのだろうか?

パリに向かった王をどんな気持ちで見送り 
どれほどその帰りを待ち望んでいらっしゃるのだろうか?

そして、この事態を招いた自分をさぞかし 恨みに思っていらっしゃることだろう。

"せめて フェルゼンが帰ってきてくれるといいのだが"

そのフェルゼンもまた自分をどう思うのだろうか?オスカルは胸がチクンと痛い。

今日も医者の往診があった。始めにオスカルが診察を受ける。
「順調に回復していらっしゃいますな。銃創はふさがりつつあります。
ただ、肺の音はあまりよくありません。」
この言葉にアンドレは思わず起き上がろうとして 痛みに身を捩らせた。
「ああ、無理をしてはいけない。次は君を看てあげるから待っていなさい。」
「オスカル いったい何の病なのだ?」
「わたしは どうやら結核らしい。」
オスカルがそう答えるとアンドレはただ
「そうか…」
とだけ 呟くように言った。

実は予想していたのだ。
屋敷を出る数日前から オスカルが変な咳をしていたのは気づいていた。
キスした時血の味がしたこともあった。

だが、あの時オスカルを止めることはできなかった。
もはや運命は決められていたのだから。

「それより、アンドレの方はどうなのです?」
オスカルは包帯を巻かれながら医師に尋ねた。
「彼の方も銃創は時間と共に治るでしょうが 視力は回復できるかどうか…」
まき終えると医師は今度はアンドレの方を向いて
「ともかく治療を続けましょう。」
そう言って診察を始めた。

最後にアランも看てもらったが 3人の中では軽傷とあって 
数日のうちに三角巾が取れそうだと言われた。

医師が帰ると壁際で 三人の様子を観察していたリオネルがオスカルに声をかけた。
「失礼ですが あなたとアンドレさんはどういう関係なのです?
主従にしてはずいぶん親しげですが。」
この質問にオスカルは慌てることなく答えた。
「乳兄弟のようなものだ。彼は幼い頃わたしの遊び相手として 屋敷に引き取られた。」
「平民の子をですか?」
「そうだ。彼はわたしの乳母の孫にあたる。」
まだ、怪しむリオネルにオスカルは言い添えた。
「何を心配しているのだ。アンドレのことは宮廷でも有名だった。
宮廷に出入りしていた者なら知っていることだ。」
「わかりました。その方面に詳しい者に尋ねてみましょう。」
オスカルを探るように見つめて言った。
「そうすればいい。」
オスカルはそれににやりと笑って答えた。
    前へ    ダンドリBOOKの世界    次へ
inserted by FC2 system