営倉から 出されたジェローデル大佐は 
オスカルの手紙とラ・ファイエット候の話を素早く理解した。

「どうだろうか?やってもらえるだろうか?」
「いいでしょう。お引き受けいたします。」
「おお、それは助かる。これが王の親書だ。それとこの男。」
リオネルを手招きで呼ぶ。
「リオネルだ。君の護衛につけよう。腕は立つ男だ。」
ジェローデルはちらりとリオネルを見ると ラ・ファイエット候に視線を戻した。
「では彼に同行してもらいましょう。旅程の詳しい内容を教えてください。」
「詳しい事はリオネルが説明する。旅券も荷物も手配済みだ。」
リオネルが旅券を見せた。
「なるほど イギリス人に扮するのですね。あなたは英語が相当堪能のようだ。」
「As it, I think that pretending British does not have any problem.
(それほどでもありませんが、イギリス人の振り位ならば問題は無いと思います。)」
そのアクセントにジェローデルは満足した。

次の日、早くも二人はイギリスに向け出立した。
馬車ではなく、馬を2頭連ねての旅である。

「リオネル君とか言ったね。」
ジェローデルは後ろについて来ようとする彼の横に下がって馬を並べた。
「リオネルで結構でございます。大佐」
「では、リオネル。君の…」
言いかけてジェローデルは口をつぐんだ。リオネルの顔に僅かな陰りを見たのだ。
それは普通なら気づかないであろう微かなものであったが。
「わたしの 何ですか?」
「いや、失礼。何でもないのだよ。」
ジェローデルは馬を撫でた。
リオネルは怪訝な顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

"何か 聞かれたくないことでもあるのだろう"

ジェローデルはそう感じていた。
あまり親しくない相手と旅の道連れになれば 自然、相手の身の上を聞くものだ。
出身とか 家族とか それから会話のタネを拾い出して 打ち解けあっていくのだ。

だが、彼は『君の…』と言いかけた時嫌な影を見せた。彼にはその言葉に続く
『出身地はどこ?ご両親は健在かね?婚約者は?』などの言葉が容易に想像できたのだろう。
そして 瞬時に身構えて 当たり障りのない答えを用意したようにみえる。

何か言いたくない過去か、事情があるのだろう。

ならば身上調査などする必要はない。こんな話をしても彼は身構えるばかりだ。
ラ・ファイエット候が信頼しているのならば わたしも信ずるまでだ。
潔癖な過去を持っている人間が信頼に値するのではない。
それは今まで運よく過ごしてきたに過ぎない。過去がどうあれ 
今、信頼するに足るのであればそれでいい。

暫く、速足で並んで駆けていたがジェローデルは手綱を握り直し
「飛ばすぞ。」
そう声をかけて 鞭を振るった。後方でリオネルの鞭の音がした。

夕暮に差し掛かったのでここらで宿を取ることにした。
翌日の替え馬と食事を頼んで部屋に入った。
「相部屋をお許しください。私たちは友人という設定ですので。」
「構わないさ。それに友人というのなら もう少し打ち解けた喋り方をしたまえ。」
「以後、気を付けます。大佐」
彼の役目はわたしの護衛というより見張りなのだろう。
ジェローデルはそう理解していた。

食事が運ばれて、宿の者が下がると リオネルが給仕に立とうとするのをジェローデルが止めた。
「友人なのだろう。まあ飲みたまえ」
自らワインの瓶を持ち 彼のグラスと自分のグラスに注いだ。

「フランスに乾杯!」
そう言って少しグラスを上にあげてから それを飲んだ。
「ところで リオネル オスカル嬢の事なのだが…」
何でも無い様子で 世間話をするようにジェローデルは切り出した。
「お元気なのか?あの方は?」

オスカル嬢?変な言い方だ。リオネルは思ったが表情を崩さず答えた。
「シトワイヤン・オスカルですか?もちろんまだ傷も癒えていませんし、
胸の病も芳しくはありませんが、安定はしています。」
「胸の病?」
「これは 余計なことを申し上げました。お忘れください。」
「いや、話してくれないか?」
「シトワイヤン・オスカルからも、主人からも 
あなたには隠し事は無用だと申し付かっております。では、お話いたします。」
オスカルの病状を話すとジェローデルは顔色がみるみる悪くなった。
「そうだったのか…肌の色が透き通るようだとは思ったのだが やはり病気だったのだな。」
「快方には向かっております。とはいえ、完治の難しい病ではありますが、
主人はずっと面倒を見て差し上げるつもりでおります。」

"それは どういう意味でだ"

ジェローデルは少し 不愉快な気分になったが 
今はまだ何もされてはいないだろうと思い、気を意識的に沈めた。

そんな様子をリオネルは少しも漏らさず観察していた。
ジェローデルは話題をフランスの現状に移した。
もちろん差し入れされる新聞などである程度のことは知ってはいたが 
営倉に入っていた身では分からないことも多い。

リオネルはジェローデルの繰り出す質問によどみなく、簡潔かつ明瞭に答えてくれた。
おかげでジェローデルは短時間で事態を把握することが出来た。

床に入ると眠りはすぐにおとずれた。
いかにジェローデルが鍛え上げられた軍人とはいえ、
2ヶ月を超える営倉暮らしは彼の筋力を衰えさせ 体力を奪っていた。
もちろん彼は営倉の中でも鍛錬を怠りはしなかったが 出来ることは限られていた。
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