「ジェローデル伯爵。わたしはフランスに戻ろうと思います。
わたしの友は生きてわたしを必要としてくれているのですから。」
何も答えずジェローデルはカロンヌ氏の言葉を待った。

「わたしにもプライドがあります。自分の功績を
他人のしかも 自分を嘲笑ったやつの手柄にしろなどという
理不尽な頼みごとに腹も立っていました。

どうするか考えはまとまりませんでした。
このまま考えていても時間の無駄だと思い、
とりあえず 行くとしたら必要になるであろう 王への手紙をしたためてみることにしました。
それが出来たら今度はお断りの手紙を書こうと思ったのです。
そうすれば 行くべきか断るべきか 自分の中ではっきりすると考えたのです。
これは正解でした。わたしには行くべき手紙は書けても 
断る手紙は書けなかったのですから。」
「ご決心に感謝いたします。フランスは救われるでしょう。」
「いいえ、感謝の言葉はまだ早いでしょう。これからどうなるかはわかりません。
われわれがしようとしていることは人類がまだ経験したことの無いことなのですから。」

「遅くなって申し訳ありません。」
そこにリオネルが恥ずかしそうに現れた。
「ちょうどいい。今ジェローデル伯爵に話していたところです。この手紙を陛下に届けて下さい。」
「では、ご決心いただけたのですね。」
「はい、今あなたにお付けする従者と馬車をご用意いたします。まずは朝食をおあがりなさい。」
「ありがとうございます。朝食はいただきますが 従者と馬車はいりません。馬でまいります。」
「ですが、おひとりでは 危なくありませんか?」
「大丈夫です。これでも幾多の戦場をくぐって参りました。
それにわたし一人で馬を飛ばした方が早く着けるでしょう。
刻一刻を争う時なのです。」
「ですが…」

なおも心配そうなカロンヌ氏にジェローデルが言い添えた。
「心配はいらないでしょう。わたしほどではないが彼は相当な腕前だ。」
「もちろんです。しかも馬術ならわたしが上です。」
「こいつ」
ジェローデルが言うと
「だって 本当のことですから。」
しらっとそう返した。

こつんと頭を叩かれながらリオネルは嬉しそうだった。
「仲がよろしいのですな。」
カロンヌ氏も微笑んで見ていた。

リオネルに遅れてカロンヌ氏も翌日には出立した。
急な事ゆえ執事を残し後始末を頼み 供は二人の従僕だけ、荷物も極力抑えた。
しゃれ者の彼にとって衣裳の替えが少ないのは辛いだろうが今は仕方がない。

馬車に荷物を積み込んで出発すると 途中荷車とすれ違った。
荷車の主は軽く帽子を取り挨拶をした。カロンヌ氏も軽く手を振り答えた。
「今のが例の庭師ですよ。」
「なかなか チャーミングな若者だ。小麦色の肌にそばかすが浮いて純朴そうで。」
「ええ、愛想はないが真面目で優しい青年です。」
ジェローデルはちらりと窓の外を見たが もう青年の姿は角をまがってしまっていた。

荷馬車はいつものように 庭の入口に止まる。
青年は今日も庭にたって 少女の夢を見る。

リンゴは今年も沢山の実を付けた。

その一つに彼は口づけを落とす。

そうすると少女の最後の言葉が甦った。

「ありがとう あなたはわたしの生涯 ただひとりのお友達でした。」

そして自分にだけ聞こえるように小さく続けられた言葉。

「愛しているわ…」

それだけでいい。それだけで じゅうぶん。おいらには過ぎた幸せだ。
彼は今日も仕事を続ける。少女が好きだった花を育てる仕事を…
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