間も無くネッケル氏とスタール夫人の家で 密かに会見することが出来た。

「わたしは カロンヌになど少しも感心が無いのだが 娘に懇願されてね。
忙しいのだから 手短に頼む。」
「では、すぐに本題に入りましょう。」
渋々顔のネッケル氏に オスカルは動じることなく 数枚の紙を差し出した。

細かい字と数字が書かれたそれを見るなり 
彼はみるみる顔色が変わった。が、フンと鼻で笑い、
「誰がこんなものを、ばかばかしい。」
そう言って紙を投げ出した。
「ルイ16世陛下でございます。」
「?」
「このまま あなたのやり方を進めれば 近い未来こうなりましょう。
いかにあなたが誤魔化そうとももはや 誤魔化しきれるほど 事態は甘くはないのです。」
「では、カロンヌにならなんとか出来るとでも。」
「彼だけでは無理でしょう。借金まみれの伊達男は信用がない。
彼に代わって政策を実行できる人気者が必要なのです。
あなたにとっても悪くない話だと思いますが。」

確かに 以前なら にべもなくこんな申し出蹴り飛ばしただろう。
しかしながら 最近のパリは一瞬即発の火薬庫のような状態だ。
財政が好転しなければ 自分だとて 虐殺の憂き目にあわないとは言い切れないのだ。

だからと言って 自分には無理だとシッポを巻いて逃げ出すカッコ悪いマネもしたくはない。
そうするくらいなら わざわざ フランスに舞い戻ったりはしていない。

オスカルの案を受け入れ カロンヌの手柄を我が物としこの危機を脱し
なおかつ英雄になれるこの好機を逃すは何とも惜しい。しかし…

「お父様 お話は進みまして。」
スタール夫人が沈黙を破るかのように お茶を運んできた。
父親の苦虫をつぶしたような顔を見ると 彼女は父親の手をとった。

「お気が進まないのは当然ですわ。」
「アンヌ…」
「でも お父様の寛大さと たとえ 自分が犠牲になろうとも
人々の為に尽くされる気高いお心をわたくしは信じております。」

"そうだな。これはわたしの意思ではない。
可愛い娘の頼みで憐れなカロンヌを救ってやるのだ"

「分かったよ。アンヌ。カロンヌに会うことにしよう。」
そう言うとスタール夫人は父親の首に抱き付き感謝のキスをした。

食事の誘いをしてくれたが 前回同様断った。
帰り際、オスカルはスタール夫人の頬にキスをして囁いた。
「素晴らしい方だ。フランスを救った真の女神は わたしではなくあなたのようだ。」
「まぁ…そんなことはありませんわ。」
そう言いながらもまんざらではない様子で 彼女はオスカルを見送ってくれた。

こうして着々と準備が整っていった。
印刷所の方はカミーユ・デムーランの友人であるダントンの口利きで 
廃業した印刷所を買い取ることができた。
機械は旧式だが十分な広さがある。工員も十分な人数が確保できた。

書き手は ベルナール、サン・ジュスト カミーユ・デムーラン ダントンの4人である。
アランも印刷所の警備をかねて ここに泊まり込んだ。妻子のあるダントンだけは通いだ。

問題は議会の方だった。派閥づくりは全く進んでいなかった。
ロベスピエールはまだまだ無名に近い存在であった。
清廉潔白な彼の気質では裏工作だの賄賂などといったことは 到底できるものではなかった。
そのうえ社交上手とはお世辞にも言えない性格なのだ。

幸い ラ・ファイエット候の人気と 
ムーニエなど比較的王に好意的なグループが徐々にできつつあったので 
なんとかなるのではないかと思われた。

実務的な権限がいまだネッケル氏の手に中にあり 
ある程度のことは議会の承認なしで報告書で済ますことができたからである。
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