息せき切って ようやくリオネルがベルサイユに戻ってきた。
彼はすぐさま 旅装も解かず ラ・ファイエット候のもとに向かった。
候はカロンヌ氏の手紙を受け取ると すぐに王に会いに行った。
通常の謁見の手続きを踏まず、狩りをしている王のもとに自身で馬を飛ばして行ったのだ。

ルイはその姿を見るとすぐに木陰に彼を招き 無言で手紙を受け取った。
木を背にして覗き込まれぬよう ラ・ファイエット候と自然な形で陣を組み 手紙を読んだ。

読み進めるルイの目には涙が光った。だが今はそれを流させる時ではない。
ルイは手早くそれを読むとラ・ファイエット候に戻した。
「手筈通りに。」
「御意。」
候は身をひるがえし 来た道を戻った。

ラ・ファイエット候が立ち去ると 近習の者達が心配そうな顔をするのを ルイは笑顔で宥めた。
「たいしたことではない。狩りを続けよう。」

カロンヌ氏の手紙は再びリオネルに渡され 
彼はそれを パリのベルナールの印刷所に運んだ。
「おお ついに来たのか!」
ベルナールはすぐさま 皆を集め 手紙の写しを作成した。

さすがに疲れ リオネルがソファに身を沈めていると ロザリーがレモネードを入れてくれた。
それを一気に飲み干すと 彼はぐったりそのまま寝込んでしまった。

彼に毛布を掛けながら ロザリーは意外に幼く見える寝顔に驚いた。
いつも怖い顔をしているせいか もう少し年配に見えていたのだ。
今ぐっすり眠る彼の顔には やり切った満足そうな微笑みが浮かんでいるように見えた。

手紙の写しの一部はオスカルのもとに届けられた。
オスカルはそれを読むと天に感謝せずにはいられなかった。

そこには王への変わらぬ敬愛の念と共に すぐに打つべき手が書かれていた。

まずはシャンピオン・ド・シセ猊下に、サンリスとラニーから小麦を取り寄せるように依頼すること。
これで とりあえず急場を凌ぐのだ。
また、再びベルサイユの集まり始めた軍隊を撤退させる事。
そして 最近やっと普及し始めたじゃがいもに対する
正しい栽培と調理の仕方を広く宣伝すること。
じゃがいもは葉や芽に毒性がある。それらを十分取り除く必要があるのを知らず、
せっかく作ったのに食べられないと勘違いされて 打ち捨てられている畑が結構あったのだ。

ルイは狩りから戻るとすぐさま シャンピオン・ド・シセ猊下に手紙を書いた。
狩りを中断しなかったのは この計画をまだ反対派に知られたくなかったからだ。

ベルナールたちも 王が小麦の手配をした事を宣伝するビラの作成にかかっていた。
小麦の到着を見計らって 直前にパリとベルサイユにばらまくのだ。
これらの作業に ルイから届いたじゃがいもに関する資料を
庶民に分かりやすく簡潔に必要な箇所だけをまとめる作業が加わった。
こちらは出来次第近郊農家に配られる。

「いよいよ動き出したな。」
「ああ!」
ベルナールたちは袖を捲り 記念すべき初仕事に嬉々として打ち込んだ。

小麦は穀物泥棒を避けるために密かに運ぶように指示された。
もちろん、それは本当なのだが それ以外にも王に敵対する者から隠す意図もあったのだ。

まずはラニーからの小麦が明日、到着しそうだとの一報がベルナールのもとに届いた。
ベルナールたちは辻々にビラを貼り出した。
時同じくしてラ・ファイエット将軍は腹心の部下を小麦の出迎えと護衛に派遣した。
もう隠す必要はないのだ。
少しずつ別々に運ばれていた小麦は徐々に一か所に集められ隊列を組み 
その周りを国民衛兵隊が護衛する。
隊列の先頭には三色旗に王家のユリの紋章が入った旗が掲げられ 小麦にも同じものがかけられた。

翌日、夜が明けぬうちに 市民たちは市門の前で今か今かと 小麦の到着を待った。

隊列は 時間を計りながらゆるゆる進んでいた。丁度朝日が輝く頃 パリに入場するためである。
やがて市門が開かれると 民衆は歓喜の声を上げた。
人々は自然と謳い出す。

王様が小麦をくれた。
王様が小麦をくれた。

黄金に輝く小麦をくれた。


子どもたちは嬉しそうにスキップしながら 隊列に付いて行く。
臨時の小麦市場が開かれ、次々にパン工房の職人たちが小麦の配給を受ける。
町は活気づき 人々の顔に笑顔が溢れ 王の人気は格段にあがったのだ。
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