帰還の旅路はオスカルには楽しいものではなかった。
今まで隠していた自分の存在は すでに全ヨーロッパの知るところとなってしまったのだ。

常勝の女神 女将軍 革命の守護神 
こんな言葉が彼女にはついて回るようになっていたのだ。

"もう 避けることはできない。"

パリに帰ればオスカルは国王に
正式に将軍としてつかえなければならない。

それは アントワネットさまにもお会いするということであり 
近衛を指揮している父ジャルジェ将軍やフェルゼンとも
立場上共に会議の席に着くということでもあった。

自分のしたことを悔いてはいない。
しかし、もっとも自分を信頼し 愛してくれた人々を裏切り 
彼らの命を危険にさらしたことも事実なのだ。

そんな自分が偉そうに将軍として 宮殿を闊歩できるというのだろうか?
そんなオスカルを助けるかのように ラ・ファイエット候から手紙が届いた。
凱旋は日付を合わせて 一緒にしようではないかというものだ。
東西の英雄が共に肩を並べての凱旋。
それは盛大なものになるだろうとのことだった。

「ふっふっふっ…ジェローデルめ、いらぬ気を使ってくれる…」

オスカルには長年自分の副官だった男の気遣いが嬉しかった。
ジェローデルは今、ラ・ファイエット候の陣営で戦っていた。
国内軍に通じている副官が必要だったのだ。
彼は期待以上の働きをしたばかりか その卓越した眼力で多くの優秀な人材の発掘をした。
貴族社会であった頃、実力がありながら 地に埋もれていた彼らは 
活躍の場を与えられたことで 大いにその才能を開花させた。
特にナポレオン・ボナパルトはその中でも秀逸の人材であった。

そんなジェローデルであれば、オスカルの気まずさを察し 
ラ・ファイエット候に進言したと考えられるのだ。
でなければ 目立ちたがりのラ・ファイエット候が誰かと主役の座を分かつとは思えない。
おそらく『別々に凱旋して その盛り上がりに優劣が付くとつまらないことになりませんか?
それより軍の結束力の強さをアピールする機会としては』とでも言ったのだろう。

ともかくこれでオスカルはパリに凱旋する気まずさを 少しは軽減できたのである。

パリの手前ポントワーズで合流し 隊列を整えた。
久しぶりの邂逅にラ・ファイエット候は両手を広げてオスカルを抱きしめた。
候にとっては他の軍人仲間とも普通に行う極自然な行動であったのだが 
オスカルは苦笑するしかなかった。

何故なら彼女の周りで 男達がラ・ファイエット候を殺しかねない
恐ろしい視線を送っていたからだ。

「いい加減、離れてください。ジルベール。」
しつこく抱き付いていたラ・ファイエット候を剥がしたのは ジェローデルであった。
「まぁ そういうな。久しぶりなのだし。」
不愉快な顔をするジェローデルに気づき ラ・ファイエット候はうっかり口を滑らせてしまった。
「あっ すまない。まだ、オスカルに未練があるのだね。」
悪気はないのだろうが 大勢の兵士の前でのこの発言は
大いにジェローデルのプライドを傷つけた。

ふっ…

ジェローデルは髪をかき上げ 引きつった笑みを浮かべた。

「さぁ 王がお待ちかねだ。先を急ごう。」
気まずい空気を感じたオスカルは慌てて乗馬し、出発の合図を出した。

隣に並んで馬を進めながら ラ・ファイエット候とオスカルは互いの戦況について意見を交わした。
それはかなり実のある話であった。ラ・ファイエット候はこう見えて鋭い先見の明と 
既成概念にとらわれない自由な精神の持ち主であるのだ。
その彼とジェローデルの組み合わせは 思った以上の効果を上げていたようである。

けれどこうした真剣な軍人同士の話し合いも 
周りの男達にはイライラのタネになってしまったようであったが。

パリに入ると 想像以上の歓待を受けた。
テュイルリー宮殿までの道はびっしり埋まり 
沿道の家々の窓には人々が鈴なりになっていた。

花がまかれ 歓声があがった。

「ラ・ファイエット将軍万歳!」

「ジャルジェ将軍万歳!」

「祖国フランスに栄光あれ!」

宮殿の正門では近衛隊が銃剣を捧げ持ち
その背後で父ジャルジェ将軍も娘に剣を捧げていた。

"父上…"

屋敷を出て以来 父の前に姿を見せるのはこれが初めてである。
が、オスカルの方は何度もその姿を見つめていた。
ルイに密かに会うために宮殿に忍びこんだ時などに垣間見ていたのだ。

思わず目を伏せそうになるオスカルに 傍らのラ・ファイエット候が耳打ちする。
「顔を上げるんだ、オスカル。
君はもう将軍なのだ。立場を考えろ!」
はっとオスカルは顔を上げた。

"そうだ わたしは将軍なのだ。自分の態度一つがおおきな影響力を持つ。
この凱旋パレードとて 国威アップのためのいわばデモンストレーション。立派に努めなければ"

オスカルはにこやかに観衆に手を振る。人々がそれに沸き立つ。
「そうだ、それでいい。」
ラ・ファイエット候も反対側の観衆に手を振りながら ニッと笑った。
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