「オスカル…」
宴も中盤に差し掛かった頃、アントワネットが声をかけてきた。
「奥庭に行きませんか。」
そう言うと先に立ち オスカルを導いた。

アントワネットの背中は細く小さい。
この簡単に手折れてしまいそうな体で
彼女はずっと戦ってきたのだと思うと オスカルは胸が痛い。

着いたところはあのアヒルの庭であった。
「この庭はあなたのアイデアですね。」
オスカルはピクリ・・・としたが答えなかった。
「ミックにも ベルタン嬢にも 口止めしていたのでしょう。
もちろん、彼らはわたしが聞いても 何も言いませんでしたよ。」
「ならば何故 わたしだと思われたのです?」
「ロザリーさんを見かけたのです。昔あなたと宮廷にいらしていた可愛い方をわたしは憶えていました。
わたしの『ロレーヌ』のファッションをいつも誰よりも早く身につけて 宮殿の周りを歩いてくれました。
声をかけようかずいぶん悩みました。結局、かけることはやめました。
嫌われ者の王妃と知り合いだと分かると 困らせることになるのではと思ったから。

そして考えたのです。何故こんなことをしているのかしらと。
もしかしたら、わたくしが彼女を憶えていて 声をかけるかもしれない危険を冒してまで。 

そこから 答えが見えてきました。
ベルタン嬢がわたしにデザイナーのまねごとをさせたわけも この庭の意味も。

そして、オスカル。あなたがあの日 民衆とともに戦ったわけも。」

アントワネットはオスカルを見つめる。その目をオスカルも見つめ返した。

「オスカル、はじめはあなたがわたしを裏切ったと思いました。
けれど裏切っていたのはわたくしの方だったのね。
わたしがあなたに望みを聞いた時、あなたは昔こう言ってくれました。
『アントワネットさまが りっぱな女王陛下におなりあそばすこと…それだけでございます 陛下』と。
その望みをわたしは叶えてあげられませんでした。
あなたはいつも わたしがりっぱな女王になれるように助言してくれていたというのに。」

「今からでも遅くはありません。民衆の心は王室に戻りつつあります。」

「そうですね。あなたがその道を切り開いてくれたのですから。
この庭。自然のままの庭。わたしが作ったプチ・トリアノンの庭と似て非なるもの。
『ロレーヌ』のデザインもそう。ベルサイユにいた頃の田園風の服はあくまでファッションでした。
『ロレーヌ』は実際に動きやすいことを考えて作っています。

今までの人生は作り物にすぎなかったとやっとわかりました。
わたくしはただ退屈を恐れ 無意味に踊り歌い人生とたわむれていたのかもしれません。
人は考えて初めて人足りえるのに、
わたしはわずらわしさを避け、ただ居心地の良い作り物の世界に逃げ込んでいました。

けれど所詮は作り物。現実世界で果たすべきことをしてこなかったわたくしは、
自分が思う以上に危険な状態にあったのですね。」

「申し訳ありません。わたくしはアントワネットさまをお守りできませんでした。」

「いいえ、いいえ、オスカル。あなたは守ってくれました。
もし、あの日あなたが命がけで民衆の味方をしてくれなければ、
わたくしは民衆を軍隊の力で虐殺していたことでしょう。
そうなれば 必ずわたくしは民衆に殺されていたことでしょう。」

アントワネットの体がわなわな震えた。
「人は不幸になって初めて自分を見つめるものなのですね。
あの時、わたしは自分のおかれた状況が分かっていませんでした。
命じれば軍は言うことをきき、民衆は押さえ付ければいいと思っていたのです。
けれど実際は軍はお金が無くなったら、わたくし達のことなどいとも簡単に捨ててしまったことでしょう。
軍がわたし達を見捨てた時 民衆は押さえ付けられた分だけ残虐に復讐しようとしたに違いありません。
そしてその恐怖は身近に迫っていたのです。
国庫は空っぽで 軍は兵糧がつきかけていたのですから。」

"いつの間に この方はこれほど、思慮深くなられたのだろう。"

「オスカル、もう一度わたくしを信じてくれませんか?
今度こそあなたの信頼に応える女王になりたいのです。」
「もちろんでございます。陛下はすでに立派な女王におなりでいらっしゃいます。」
「では、またわたくしのそばに…近衛にもどってくれるのですね。」
「わたくしはすでに 国王陛下にご返事申し上げております。命を懸けてこの任務を遂行しますと。」

そう言うとオスカルはアントワネットの傍に跪いた。
「わたくしの女王 マリー・アントワネット様にお仕えいたします。」
アントワネットはオスカルに手を差し伸べ、立ち上がらせると その体を抱きしめた。
「ありがとう ありがとう オスカル…」
泣きじゃくるアントワネットをオスカルも抱きしめる。
「あなたはわたしの大切なお友達 今までもこれからも。」
二人の女性の間に 温かな友情がよみがえるのが 互いに分かった。
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