最近 マドレーヌの様子がおかしい。レニエはそう感じていた。
遠くを見つめてため息をついたり 哀しげな目をしたかと思うと笑ったり 突然泣き出したり 
訳がわからない。何を聞いても 何でもありませんと微笑むだけだ。

"何でもないわけあるか"

思えばあの日からだ。レニエは思い出した 
あの最後に森に行った日。あの日から様子がおかしいんだ。
そういえば帰ってきた時門番と何か話していたことを思い出した。早速門番に尋ねると
「ええ あの日マドレーヌは男の人と一緒でした。」
それを聞くとレニエはすぐさま 
庭で花の手入れを手伝っていたマドレーヌを有無を言わさず引っ張ってきた。

「言え その男は誰だ」
「誰だとは 誰の事でございます?」
「お前が 森から一緒に帰ってきた男だ。」
マドレーヌの目が一瞬大きくなった。
「知りません」
「知らないだと?」
「本当でございます。森で咳き込んでいたのを助けてくださり お屋敷まで送ってくださったのです。」
「それだけか 名前は」
「存知あげません。 言わずに行かれてしまいました。」
「どんな男だ。」
「黒い髪で 緑の目をした 背の高い男の方でした。」
「それで・・・」
レニエは自分でも何故こんなことを聞いたのかわからない
「それで その男が好きなのか」
マドレーヌは答えなかった。目に涙と怯えた色を浮かべただけだ。
レニエはわたしはそんなに怖い顔をしているのかとはっとなった。これ以上マドレーヌを怖がらせたくない。
「もう行っていいよ」
努めて優しく言った。マドレーヌはペコリと頭を下げて出ていった。

レニエはもう一度門番のところに確かめに行った。
確かにマドレーヌの言った通りの容姿で無口で
マドレーヌを下ろすと碌々しゃべらず行ってしまったようだ。
だとすればマドレーヌはうそはついていないようだ。本当に通りすがりの親切な男だったのだろう。
もしマドレーヌが彼の居所を知っているのなら とっくに会いに行ってるだろうし 

何はともあれ安心はした。
マドレーヌはともかく 相手は何とも思っていないようで あれから姿を現してないのだ。
マドレーヌがここにいるのは知ってるはずなのにだ。そのうちマドレーヌも忘れるだろう。
どのみち探しようがあるまい。
レニエは時に任せることにした。

2週間近くが過ぎようとしていた。相変わらずマドレーヌはふさぎがちだが
もともと病弱なのでレニエとマロン以外はあまり気に留めてなかった。
その日けたたましい騒ぎ声にレニエは裏庭に急いだ。
「なにごとだ!」
「へい レニエさま こいつがお屋敷に潜り込もうとしてたんでさあ」
見れば黒髪の男がうなだれて抑えられてる。
「すみません すみません もう出ていきますから」
男は小さな声で下を向いたまま早口でしゃべった。レニエは男に近づき顔を持ち上げた。

"緑の瞳!"

「お前 マドレーヌに会いに来たのか」
「マドレーヌ?」
「とぼけるな マドレーヌに何をした。」
そういうと自分でもびっくりするぐらい大きな声を出して男を殴っていた。
男を抑えていた下男達が吹っ飛ぶくらいだ。こうみえてレニエは軍人の家を継ぐべく育てられている。
本気になればおそろしく強い。皆あっけにとられた。

「マドレーヌになにを・・・」
もう一度レニエが言いかけたとき
「やめてください!」
マドレーヌがさわぎを聞いて駆けてきた。
「おやめくださいませ レニエさま この方はわたくしの恩人でございます」
そう言って男の前に立ちふさがった。
「どきなさい マドレーヌ」
「いいえ」
「どくんだ」
「いいえ」
レニエは驚いた。初めてマドレーヌが逆らった。しかもその目にはらんらんと光が宿っている。

"生きている マドレーヌを初めてみた"

そんな気がした。レニエが怯んでる隙に男は
「本当に申し訳ありませんでした」
そう頭を下げると 一目散に逃げてしまった。
「待って!!」
その後をマドレーヌは追いかけた。後を追おうとするレニエに縋り付く者があった。
「後生です レニエさま 行かせてあげてくださいまし」
「離しなさい ばあや」
さすがのレニエもこれまで自分を慈しんでくれた女性を強引にねじ伏せるわけにもいかず 
驚いてみていた下男たちに声をかけて我に返し ばあやをおさえさせた。
そうこうしてるうちに 男もマドレーヌも消えてしまった レニエは慌てて走り出した
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