レストランは淡いピンクに包まれていた。
ピンクの花々。ピンクのリボン。ピンクのレース。
ピンクの布地がドレープを取ってくすんだ壁を隠し
ピンクのテーブルクロスが無骨な木のテーブルを可愛く変身させていた。

「さあさあ、準備は出来ておりますよ。」
この不景気に大きな仕事が舞い込んだ店主はご機嫌で一同を迎えた。
テーブルにはすでに料理が並び 美味しそうな湯気が立ち上っていた。
ピンクの淡いオーガンジーと小花で飾られた新郎新婦用の席に四人が座ると
グラスにシャンパンが注がれた。
「まあっこんなお高いもの・・・」
ばあやが驚くと
「ジャルジェ将軍からですよ。」
片目を瞑って店主が答えた。

一同にも振る舞われたがこれには皆も恐縮しつつも喜んだ。
もちろん乾杯の一杯目だけなのだがそれでも十分ありがたい。
「俺、飲むの初めてだよ。」
「お おれも・・・」
グラスの中でシュワッと泡立つゴールドの液体。
ピンク色の空間にぴったりとマッチして春の挙式を一層華やかにする。

オスカルがグラスを掲げ
「乾杯!」
と声を上げると待ちかねた人々は声を揃えて
「乾杯!」
と唱和した。 新郎新婦は互いのパートナーとグラスを寄せて 微笑んでから口付ける。
咽喉を通る清涼感と鼻腔を抜ける香り。実は飲めるくちの新婦二人は大満足だ。
酒に弱い新郎達も恐る恐る口づけ
「うまい!」
二人同時に声を上げ 笑いをおこした。

皆が和み始め、拍手と共にバイオリン弾きとアコーディオン奏者が登場。軽快な曲を奏で始める。

「さあ、アルマン。ばあやをエスコートしておくれ」
オスカルが声をかける。おずおずアルマンが立ち上がりばあやの手を取るが 
ばあやはなかなか立ち上がらない。
「おばあちゃんが躍らないと 始まらないよ。」
アンドレが肩に手を添えて、
「やれやれ 手のかかる」
ばあやの口真似をすると
「なんだって!」
勢いよく立ち上がり孫に拳を上げた。その拳が孫に落ちる前にアルマンが受け止める。

「あ・・・」
ほんの小さな声。恥ずかしそうに 下を向いて大人しくなったばあやを 店の中央までエスコートして 
向き合うとアルマンは少し片足のつま先を前に出し、腰をかがめ 手を胸に当て
その風体からは想像もつかぬほど優雅にお辞儀をした。
「踊っていただけますかな。マダム。」
にっこりほほ笑む。
「喜んで」
ばあやも両手でドレスを広げ膝を曲げて礼をする。
小柄な二人の踊る姿はこのピンクに彩られたメルヘンチックな空間で さながら小さな妖精たち。

「おれ達も踊ろう。」
レモンがナタリーを誘う。二人が踊りに参加して その後を追う様に次々踊り手が増えていく。

「マダム 今度はわたくしと」
「お嬢さま?!」
「ばあや いやマダム・アルマン 花嫁は皆とダンスを踊らなければいけないのですよ」
そう 頭ではばあやも分かっているけれど 改めて見上げるオスカルは
初めて見るおとぎ話の王子様のようで ドキドキする。
「あたしゃどうしちまったんだかね。」
思えば 毎日毎日 お世話をし続けてきた。それこそおくさまのお腹の中にいらっしゃる頃から。
心のどこかにいつまでもお手のかかるお嬢さま。そんな気がしていたのだが。
いまやっと宮廷の貴婦人方を魅了した"オスカルさま"を目の当たりにしてその意味を実感したのだ。

軽くて小柄なばあやと長身のオスカルのダンスは 時々ふわりとばあやの体が浮かび上がるように見えて
ばあやの背中に妖精の羽が生えているのではないかと思えるくらいだ。
実際、ばあやの気持ちは飛んでいたのだ。
幼い頃の少女に戻って たった一冊持っていた絵本に描いてあったあの世界に。
憧れの王子様と踊る少女の頃の空想の世界に。

夢冷めやらぬままのばあやの手は 王子さまの白くほっそりした美しい手から 
大きな現実の男の手に移された。
「今度はおれと踊ってよ。」
聞きなれた声に一気に夢が覚める。
「足を踏んだら 承知しないよ。」
さっきまで可愛い顔していたのに・・・
「はいはい」
アンドレはわざと大きくクルリとばあやを回す。
「アンドレ!このーっ!!」
元気なおばあちゃんが転ばないように アンドレは腰を引き今度はフワッと抱き上げる。
「あはは・・・おばあちゃん 結婚おめでとう」
心から楽しそうにそう言うアンドレに ばあやもつい涙ぐんで
「うん。幸せになるからね」
そう素直に言えた。オスカルさまもアンドレももう大人なのだ。自分を抱き上げられるくらい。

育ての親の幸せを願えるくらい。
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