おや、 静かだね。アンドレ もう寝たのかい?

良い子だね。よくお眠り。

沢山食べて よく遊んで よく勉強するんだよ。

せっかくの だんなさまのご好意なのだから

恩に報いられるように

お嬢さまの助けとなれるように

しっかり おやり 

そして みんなに愛されるいい子になって

幸せにおなり…

マロンはふと 目を覚ました。窓からは弱い日の光が射しこんでいる。もうすぐ夜明けなのだろう。

「アンドレ…」

まだぼんやりする頭で 夢の続きを追いかける。小さなアンドレが寝ているはずだと。
手さぐりでメガネを見つけて掛けると そこは見慣れた自分の部屋ではなく 
隣で寝ていたのは ぼさぼさ頭の夫であった。

「そうだったね… あたしゃ結婚したんだった。」

ちいさなアンドレはすくすく育って いい青年になって お嬢さまを幸せにして
だんなさまに お孫さまを差し上げるべく 結婚したのだ。

「もう あたしの役目は終わったね。」

そう口に出してみると 何だかほっとした。かたわらの夫の髪を撫でながら
「今度はあんたを幸せにしたげようか」
柔らかく微笑む。窓辺に鳥がとまった。

チチチチ… チィチィ…

「いいお天気だね。楽しい旅になりそうだよ」
そう思うと寝ているのが もったいなくてべッドから起き出した。
夫を起こさないように身支度をすると 下に降りて裏手の井戸端で 朝日を浴びながら大きく伸びをした。
「さて、支度をしようかね」
ばあやの声は晴れやかだった。

この日、ジャルジェ家の使用人達は屋敷に帰ったが 
ばあや達はこのまま新婚旅行に立つことになっていた。
「いまさら 若いもんみたいに 二人きりで旅行に行くより 人数が多い方が心強い」
そう言って四人で新婚旅行に行くことにしたのだ。
結婚式の準備を通して アルマンもすっかりジャルジェ家の三人と打ち解けていた。
宿で遅い朝食をとるとプロバンスに向けて出発した。

まずはばあやの娘つまりアンドレの両親の墓に詣でて 花咲き誇る南フランスの春を楽しむつもりだ。
新婚旅行なんて贅沢な話ではあるが ジャルジェ将軍からの半ば強制の結婚祝いだ。

馬車を乗り継ぎいくつかの街に泊まった。やがて 赤レンガの屋根 淡いピンクの壁が目に付き始め 
日差しが強くなってきた。遠く地中海が見える頃、ようやく その墓にたどり着いた。
    前へ    ダンドリBOOKの世界    次へ
inserted by FC2 system