地中海の見える教会の裏手の墓地に ひっそりとアンドレの両親の墓があった。
誰かが手入れをしてくれているのか 綺麗に草が刈られている。
途中町で買ってきた花束を供えながら マロンは墓に語りかけた。

「ごめんよ。今まで墓参りに来られなくて。」
ほろりと涙が落ちる。墓を目の前にして 本当に娘は死んだのだと改めて実感する。
アルマンがそっと肩に手を置く。その手の温かさに励まされるように、マロンは言葉を続けた。
「アンドレはちゃんとあたしが育てたよ。本当にいい子に育ってくれた。安心しておくれ。
もったいないくらい 素晴らしい女性と結婚して みんなに愛されて 幸せになったよ。」

マロンはしわだらけの手で墓石を撫でながら
「だから だから 安心しておくれ」
そう言いながら クシャクシャの顔をしながらメガネを外し 涙をぬぐう。
震える小さな肩をアルマンが抱いて 胸に引き寄せると マロンは声を上げて泣いた。
静かな墓地に響く泣き声。こんなふうに思い切り泣いたのは いつ以来だろう。もう遠い昔な気がする。
前の夫が死んで 残された娘を育てるのに泣いてなどいられなかった。
娘を嫁に出してほっとしたのも数年。今度は親を失くした孫のために懸命に生きてきた。

だが、今は泣いてもいいのだ。もう自分は心のままに泣いてもいいのだ。
受け止めてくれる優しい胸に甘えてもいいのだ。マロンは溜めこんでいた何かを吐き出すように泣いた。

マロンの泣き声に 教会の神父が出てきた。
「あなた もしかして マロンさん?」
「はい…」
涙を拭きながらマロンが答えた。
「やはりそうでしたか。その墓の身よりの方が遠くに住んでいるマロンさんだと聞いていましたので」
神父は温かな微笑みを浮かべ 一同を教会の中に招いて ハーブティーをごちそうしてくれた。
「わたしが育てた花で作ったのですよ。よかったらこちらのクッキーもどうぞ。」
そのクッキーにもハーブが使われていて レモンは興味深く神父と植物談議に花を咲かせた。
「私がこちらに赴任したのは十年ほど前なので 残念ながら娘さんのことは存じ上げないのですが 
時折墓参りに来て下さる方が何人かおられますので ご紹介いたしましょう。」
そう言って 娘を知る人々を教えてくれた。

その人々を訪ね いかに娘がこの地で愛され幸せだったか マロンは知ることができた。
出会った人々もアンドレのその後を知り とても喜んでくれた。
そのうちの一人がこんなことを言ってくれた。

「あんたの娘さん 明るくてクルクル良く働くいい娘さんだったね。
みんなに愛されて 結婚した時は町中の男達が がっかりしたもんさ。
小柄な体で小さなアンドレの手を引いて 笑う様に歌う姿が今でも 忘れられないよ」
「そう、幸せだったんだね。娘によくしてくれてありがとう」
「とんでもない。よくしてもらったのはおれ達の方さ。」
そう言うと彼は海を眺め
「なあ ばあさん これだけは間違いない。短くともあんたの娘さんは幸せだったと思うよ。」
「ありがとう」
マロンは彼にそう言うともう一度 空と海にそして 街に 
「ありがとう…」
そう告げた。

潮風がマロンを包む。穏やかな波の音が遠く聞こえる。

南フランスの旅は四人にとって とても有意義なものだった。
アルマンはところどころで美しい風景をスケッチし、レモンは南国の植物に夢中になった。
女達は珍しい料理のレシピを書き溜め お土産に調味料や香料を買い込んだ。
楽しい旅は瞬く間に過ぎみんな十も二十も若返った気がした。

ベルサイユに戻ってからも 四人は変わることなく暮らしている。
ジャルジェ家の三人はまたお屋敷の仕事に精をだし アルマンは画家の仕事をしている。

ばあやは前よりも元気なくらいで 婿殿になったアンドレにも遠慮なくヤキを入れる毎日。
変った事と言えば レモンの小屋でナタリーが一緒に暮らしていることと 
ばあやが通いになったことくらい。

それから もう一つばあやは何だか すっきりしていた。
長年 背負っていた何かが 無くなったからだろう。

最近のばあやの口癖はこうだ。

「オスカルさまがお産みになる 若さまのお顔を見るまでは死ねないよ」

FIN

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