レモンが長い時間をかけて作り上げた 新種のばらは 優しい淡いピンク色だった。

"ナタリーやっと君にぴったりの花ができたよ。"

レモンはその花を満足気に眺めていた。ここにたどり着くまでに実に数多くの試行錯誤を重ねた。
受粉をし、種を作りそれを撒く。 ようやく花が咲いても思う様にならないことの方が多い。

彼が目指したのはあの日のナタリーのほっぺ。始めて出会ったあの日の・・・

その日、庭仕事からお屋敷に戻ると 使用人用の通用口にナタリーは立っていた。
スカーフをかぶった顔の横から茶色いおさげが垂れていて赤いリボンで結んである。
澄んだ生き生きとした目で空を見上げていた。 ごわごわ洗いざらしの服。
小さな荷物を持つ手はあかぎれている。ひとめで田舎から出てきたのだと知れた。

"なんて可愛い ほっぺだろう。"

北フランスの出身だろうか 
ミルク色の白い肌に まるで桃色のばらの花びらを浮かべたような頬をしていた。

"キスしたい・・・"

レモンは生まれて初めてそう感じた。しばらく見惚れていた。
「ナタリー 待たせたね。こっちだよ。」
通用口の中から 声がして彼女は中に消えた。
彼女の姿が見えなくなって はっと夢から醒めたような気がした。

「いけない!お昼を早く済まさないと!」
レモンは慌てて自分も中に入った。
使用人仲間とお昼を食べていると 執事さんが彼女を連れてやってきた。
「みんな 紹介しよう。ナタリーだ。」
ナタリーはペコリとお辞儀をした。
「ナタリーはアラスのご領地から お針子見習いとして雇われた。皆仲良くしてやってくれ」

執事さんの挨拶がすむと
「おお ナタリー 久しぶり」
一人の男が声をかける。それを皮切りに皆が彼女を呼んだ。
「こっちに座んなよ」
「大きくなったね」
ジャルジェ家の使用人の半数はご領地から雇われている。ナタリーを知っている者は沢山いた。
彼女は持前の明るさと真面目な働きぶりで すぐにお屋敷に溶け込んだ。

ナタリーはお針子。自分は庭師。作業場が離れているし 部屋も男女別々。
なかなか 話す機会はなかった。それでも 時折お茶や食事 休憩の時なんか間近に座ることもあった。
けれど どうしても話しかけられなかった。たまに目が合ってもつい逸らしてしまう。

それでも 盗み見ずにはいられない。

可愛いあの子の声が聴きたい。

こんな気持ちは 初めてだ。

あの子のほっぺと同じ色のばらを作りたい。あんな可愛くて優しいピンクのばら。
庭師見習いだったレモンの夢。 あれから 30年ようやくそのばらが出来た。
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