「ナタリー 新種のばらが出来たんだ。見に来ないか」
レモンが誘うとナタリーは ほんのちょっと 戸惑った目をしたが
「ああ いいよ。」
そう言って 針を針山に刺した。あまりに素直にナタリーがついて来てくれたので レモンは拍子抜けした。
てっきり「この忙しいのに!」と怒鳴られるのではないかと思っていたのだ。
レモンとナタリーが出ていくと 小間使い達はクスクス笑った。

ナタリーは自分の後ろを神妙に付いてくる。思えば女性を誘うなんて初めてだ。ドキドキした。

"こんな おっさんなのに おれって情けない・・・"

ちょっと落ち込んだ。二人は黙ったままばら園の端まで歩いていた。
二人とも妙に緊張していたので 皆がこっそり後を付けているのに気がつかなかった。

「これだよ。」
ばらの前まで来るとレモンはそれだけ言った。
ナタリーはその淡いピンクのばらを頬を染めて見た。

"ああ 同じだ・・・"

もうナタリーの頬はピンと張りのあるミルクのような肌ではなかった。シミがいくつか浮き出してしわもある。
けれど 恥ずかしそうに頬が染まる様子は 30年前のあの日と同じにレモンには思えた。
二人はまた黙ってしまった。

「なにやってんのよ!」
「じれったいわね。」
東屋の陰から 温室の陰から はたまたばらの垣根の陰から 使用人達は見守っていた。

「何をしているのだ?」
不自然にばらの垣根に身をひそめるアンドレを見つけ オスカルが声をかけた。
「わっ オスカル いいから隠れろ!」
アンドレは小声で言いながら オスカルを引っ張った。

長い沈黙の後、ふと ばらを見ていたナタリーが顔をあげた。
ちょっとだけ陰りが見えた。いつも明るいナタリー。
こんな切ないような諦めたような顔は見たことがない。

「さあ 仕事に戻らなきゃ」
「待って ナタリー」
行きかけたナタリーの腕をレモンが掴んだ。

「あっ ごめん」
慌ててレモンは腕を離した。ナタリーの目がレモンを見つめる。
「そ・・・その・・・ ばらの名前を まだ言っていないから・・・」
自分を見つめる視線から 目を逸らしてレモンは続ける。

「そのばらの名前は・・・」
レモンは一度ゴクンとつばを飲み込んだ。

「"ナタリー" そのばらの名前は"ナタリー"だ!」

ナタリーの目が一度大きく開いて すぐに潤んだ。
一度大きな声を出して 勢いがついたのか レモンはさらに続けた。
「ナタリー 君をずっと 想っていた。初めて会ったあの日から・・・」
ナタリーの目から大粒の涙が溢れる。
「ナタリー 愛している。ずっと一緒に生きていきたい!」
ナタリーは返事の代わりにレモンの手を取った。
レモンは自分の手を掴んでくれたその手を握り返して 自分の方に引き寄せた。
レモンの胸の中で ナタリーは声を上げて泣いた。

「返事は・・・ナタリー・・・」
当然自分の告白など 笑い飛ばされて 茶かされるものだと思っていた。

けれど これは もしかして・・・

「バカだね あんた・・・ わたしが何で今まで あんたの好物を作り続けていたと・・・」
「えっ」
ナタリーは涙の止まらぬ瞳を上げて
「あんたが好きだからじゃないか!」
そう言うとまた レモンの胸に顔を隠した。
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