その夜 ナタリーはばあやに泣き付いた。
自分一人さらし者になるのは嫌だ。一緒に式を挙げてほしいと。
「仕方ないね。」
「えっそれじゃ助けてくれるのかい?」
「あんたには いつも助けられてるからね」
ばあやは微笑んだ。
「それはこっちも同じだよ。」
ナタリーも安堵の笑みをもらした。

本当の事を言えば ばあやも助かったのだ。式を挙げたくはなかったのだが お嬢さまの結婚式の時 
あんなに盛大に発表されてしまったので やらないわけにはいかない雰囲気だった。
なのに嫌だと言ったので何となく"空気の読めない頑固ババア"みたくなってしまった。
孫のアンドレには諭されるし 婚約者のアルマンにもがっかりした顔をされるし 
ほとほと 疲れてきていた。こんなんだったら一時恥をかいて 早く終わりにしたい。
ナタリーの話は結婚式を承諾する いいきっかけになった。

こうして 二組の合同結婚式が行われることとなった。
気のりしない花嫁達とは対象に ふたりの新郎はノリノリだ。

「テーマカラーはやっぱり ピンクですな。」
「おや あなたもそう思われますか」
「いやぁ あれで ばあやさんなかなか 可愛いところがありましてな」
すっかり 意気投合して 準備を進めている。思えば レモンは庭師だが 
花を使ったアレンジにも堪能で オスカルの結婚式の際にも 会場の装花を手伝っていた。
オスカルとアンドレのブーケとブーケトニアを作ったのも彼である。
画家のアルマンも美しいもの 華やかなものは大好きだ。
オスカルの肖像画も頼んだのは普通のものなのに 輝くばかりの豪華な出来であった。

花嫁達はあきらめ顔で新郎の好きにさせていたが 
どうしても自分達が関わらなきゃいけないことがある。そうドレス選びだ。

恐縮する二人をオスカルは半ば強引に連れて ベルタン嬢の店に入った。
ナタリーは自分のドレスも ばあやのドレスも作るといったのだがオスカルには考えがあった。

ベルタン嬢は おどおどする二人を見てピンと閃いた。
「さあさあ こちらへ」
まずは二人を大きな鏡の前に座らせると 助手を呼んで化粧を施し始めた。
「おやおや ちょっと あたしには派手すぎないかい?」
「何をおっしゃいます?よくお似合いになりましてよ」
「そ・・・そうかい・・・」
浮かない花嫁の顔にぱたぱた粉を叩いた。

アルマン氏は横でむずむず見ていたがついに
「マダム!マロンさんにはな もっとこう明るいピンクが似合うとおもうんじゃが」
つかつか近寄ると化粧箱を吟味し始めた。頬紅をぬり直して 陰影が付くように白いおしろいを添える。
「まあ!素晴らしいわ ムッシュ」
ベルタン嬢が驚嘆の声をあげた。
「フム・・・化粧というのも面白いものですな。」
肖像画を描くのを生業としているアルマンには、実に興味深い。
キャンパスに人物を描く時、その人物を見たままそっくりに描こうとすると意外と似ない。
その人の生き写しを残すためには、その人物の特徴をやや誇張して描く必要があるのだ。
また人の顔色や表情は日々変わる。それも見極めることも重要だ。

アルマンはさらに愛しい花嫁に化粧をほどこす。油絵具と違い、顔色と化粧の顔料は色が混ざり合う。
ベルタン嬢のアドバイスを受けながら幾度か試し、アルマンはすっかり化粧品の扱いを憶えた。
こうなると後は彼の本領発揮で、瞬く間にばあやは20歳は若返ったかと思うほど愛らしくなった。

鏡の中の自分をばあやは不思議そうにまじまじと見つめ
「これがあたしかい・・・?」
そう呟いた。

ばあやが嬉しそうに鏡を眺めているのを 満足気に眺めるアルマンの目は恋する少年のようだった。

「さて そちらのマドモアゼルもどうぞ」
アルマンに言われナタリーもおずおず鏡の前に座る。先ほどのばあやの変身ぶりに内心期待してしまう。
アルマンは今度は手際良く化粧施していく。鏡の中の自分が見る見る若返るのに連れて心が弾んでいく。
普段付けている口紅より数段明るい色を付けてもらったのに あまり違和感がない。
むしろこれでこそという気にさえなる。
「ああ ナタリー綺麗だ! 本当に」
レモンが紅潮しながら傍による。

すっかり二人の熟女の気持ちが高潮したのを見てとり、ベルタン嬢はすかさずドレスの試着を進めた。
先ほどとは打って変わり 二人は大はしゃぎでドレスを試着する。
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