目覚めると オスカルは辺りを見回した。
「アンドレ…」
ラ・ファイエット候が約束は果たされたのだろうか?
しかし、室内にアンドレの姿はなかった。

代わりにアランが枕元にきてくれた。
「隊長 目が覚めましたか。大丈夫です。
アンドレは夕べこの屋敷に運ばれてきました。別室に寝かされています。」

"別室?わたしたちは夫婦なのに?"

言いかけた言葉をオスカルは慌てて飲み込んだ。
今はまだ二人が夫婦であることは 秘密にしておいた方が良いだろうと とっさに思ったのだ。
「それで 具合はどうなのだ?」
「まだ、起き上がれません。やつも相当くらってますから。」
「案内してくれないか。」
起き上がろうとオスカルは身を起こした。が、すぐに痛みに顔を歪めた。
「まだ、歩くなんて無理です。」
アランが助けてオスカルを寝かせた。

オスカルの枕を直すふりをして アランはオスカルの耳元に口を寄せた。
「隊長 ユラン伍長からの手紙です。アンドレが隠し持ってきてくれました。」
侍女に見つからぬように素早く渡す。そうして侍女とオスカルの間に座り 視線を遮った。

オスカルは素早く 一瞥するとすぐに手紙をアランに渡した。
アランは小さくそれをたたんで隠した。
そして何事もなかったようにオスカルに声をかける。
「心配はいりません。ちゃんとラ・ファイエット候はアンドレにも十分なことをしてくれていますから。」
宥めるようにオスカルの掛布を引き上げ肩まで掛けた。
「もう一眠りしてください。」
アランに言われてオスカルは目だけは閉じた。けれど 心は波立っている。

"会いたい! 今すぐ! アンドレ…"

オスカルが寝たと思ったのか アランが燭台を持って遠ざかる気配がした。
そっと薄眼を開けてそれを確かめると オスカルは安心したように一筋涙を流した。

ユラン伍長からの手紙には 隊員たちは国民軍に給与付隊員として入隊できたこと、
ジャンは命の危険が無くなり順調に回復していることなどが書かれていた。
さらにバスティーユ以降起きた粗方の出来事も記されていた。
それはほぼ、ラ・ファイエット侯爵に聞いた内容と同じであった。
しかし、囚われの身にとっては 情報の確かさを確認できたことは大きな意味があるのだ。

翌日、ラ・ファイエット候は姿を見せなかった。
診察にきた医師にアンドレの様子を尋ねると 
彼も今日は体を起こして食事がとれるくらいにまで回復しているという。
アランもアンドレの様子を見に行ってくれた。
「アンドレの奴に追い返されました。『おれのことなんかいいから、オスカルに付いていろ!』って。」
「ふふっ そうか…」
アンドレの様子を嬉しそうに聞く隊長に アランは少しだけ胸が痛い。

アンドレもまた 地下の薄暗い部屋の中でオスカルを思っていた。
彼もオスカルとのことは 今は主人と従僕という立場で通しておいたほうが良いだろうと判断していた。

もう何も見えなくなった目では 自分がどんな部屋にいるのか まるでわからない。
アンドレには付き添う者はいなかった。
時折下男のような感じの男が様子を見に来てくれる。
食事はこの下男がスプーンで食べさせてくれた。
医師の診察も一度受けた。医師にオスカルの様子を尋ねると
「君のご主人は今は落ち着いている。患者個人のことはこれ以上は言えないがね。」
そう答えた。

"やはり、オスカルはどこか悪いのだな"

自分が恥ずかしく悔しかった。
傍に仕えていながら 自分の失明に気を取られて 
オスカルの様子に気づけなかったことは 従者として失格である。

アンドレの落ち込む様子を憐れと思ったのか 医師はアンドレの肩を軽くたたいて
「気に病むことはない。わたしも君のご主人の為に全力を尽くしている。」
そう 慰めた。目の見えぬアンドレがそれでも戦場に付いてきた忠誠心に 
医師は心動かされていたのかもしれない。

時間は長かった。うつらうつらしながら 目を開けても闇ばかりの世界で 
今が昼なのか 夜なのか どれくらい時間が経ったのか まるで分らなかった。
外は騒がしく時は刻一刻と動いているのだろう。
なのに自分は暗闇の中で 動かぬ体を抱えただじっとオスカルの身を案じているしかないのだ。

"きっと オスカルは心配しているだろう"

市庁舎に現れた担架を持った男達は
「アンドレ・グランディエはいるか?」
そう 怒鳴った。

近くにどかどか 人の来る気配がして担架に乗せられた。
「君のご主人が 君の身を案じて 連れてくるように頼まれた。」
「オスカルが。」
「そうだ。」

運ばれようとした時、ユラン伍長が駆けつけて 

「アンドレ!」
声をかけ そっと軍服の隙間に何か差し込むのを感じた。
そして小声で「心配するな。大丈夫だ。」と囁いた。
アンドレは声のする方に頷いた。

荷車に乗せられて どこかに運ばれた。
どこだか分からないが 大きな屋敷なのだろう。
荷車から降ろされてもまだだいぶ運ばれた。

やがてべッドに寝かされた感触があり 周りから人の気配が無くなると 
アンドレはユラン伍長に託された手紙を 痛みを堪えて 枕の下に隠した。

程なく さっきとは違う声や気配のする男達が現れ 服を脱がせれ 体を拭かれた。
「気分はどうかね。」
水を飲ませながら 男達はアンドレを気遣う声をかけた。
「こちらは どなたさまのお屋敷なのですか?」
そう尋ねると
「ラ・ファイエット侯爵さまのお屋敷だよ。」
そう答えが返った。

"なんで ラ・ファイエット侯がオスカルを?"

「オス…わたくしの主人は無事なのですか?」
「ああ 心配いらんよ。今はぐっすりおやすみだ。
あんたも少し寝るといい。じき お医者様がおみえになる。」

そう言うとアンドレを寝かせて 部屋を出て行った。
オスカルのことは 実はアンドレは何も知らなかった。バスティーユで怪我をしたことも。
彼は撃たれてから市庁舎の中で ただ横になっていた。
オスカルのことばかり考えていたが 周りは慌ただしく 怒号が飛び交い 緊迫しており 
彼女の安否を尋ねるのは憚られた。

目の見えぬ彼にはユラン伍長の手紙を見ることも出来なかった。

ようやく事態が把握できたのは アランが部屋を訪ねてくれた時だった。
ユラン伍長の手紙を読むと アランは彼の知る限りのことを教えてくれた。
アンドレの部屋に見張りはいなかった。たかが従僕と侮られたのかもしれない。

アランがいなくなると また孤独な闇が彼を包んだ。

"くっそ!おれはなんて役立たずなんだ!"

愛する女性を守るどころか 逆にオスカルに気遣われ助けられているなんて!
自分の無力さが体の傷より 彼を苛んでいた。

オスカルとアンドレは 同じ屋敷の違う部屋で 互いを思い過ごしていた。
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