17日の夜明けをオスカルも不安な気持ちで向かえていた。
目が覚めるとすぐに侍女達が集まってきた。どうやら一晩中見張られているようだ。
その彼女達にオスカルは朝の挨拶をすると 体を起こしてみた。
激痛が走る。どうやらまだ動くのは無理なようだ。
「新聞はあるかな。」
そう侍女に尋ねたが首を横に振られてしまった。

「おはようございます。」
朝食が済む頃アランが部屋に入って来た。

「アラン アンドレはどうしている?」
「そうおっしゃると思いました。今さっきまで奴と朝食を取っていたのですが 
もうだいぶ回復していました。今日は体を起こせるようになりましたから。」
「そうか…」
オスカルは安堵の声を漏らした。

「パリやベルサイユの様子はどうなのだろう?」
「さあ…おれにもわかりません。」

「パリは いや フランスは今まさに生まれ変わろうとしている!」
声量豊かな声が部屋に響いた。ラ・ファイエット候の登場である。

「ご機嫌いかがかな?マドモアゼル。」
マドモアゼル?オスカルは心の中で苦笑したが
顔には出さずその代り心持陰りのある顔を作った。
「おかげさまで 気持ち良く過ごさせていただいております。ただ…」
「ただ どうしたね?」
「アンドレのことが…わたしの従僕は目が見えませんので どうしているかと心配なのです。」
「それなら何も問題はない。彼には下男を付けて世話をさせている。」
「そうでしたか ありがとうございます。ですが…」
「ですが?なんだね?」
「やはり 姿が見えないと不安です。
それにわたしは動けぬ病人。退屈なので話し相手が必要なのです。」
「アランがいるではないか。」
「そうですね。彼もわたしの部屋で一緒に過ごさせていただけたら どんなに気がまぎれることか!」
さも今ラ・ファイエット候の言葉にヒントを得て 思いついたようにオスカルは提案した。

これにはラ・ファイエット候もアランも驚いた。
「構わないだろうか?」
オスカルはなおも言いつのる。

ラ・ファイエット候は答えに窮した。彼女に嫌われるのは本意ではない。
しかし アランは今は負傷しているとはいえ、候の目から見て"出来る軍人"のようだ。
その彼を24時間傍に置いておくのは危険すぎる。
さりとて むげにオスカルの望みを跳ね除けるのも躊躇された。

その表情を見てとったオスカルは次の段階に進んだ。
「やはり 彼と寝起きを共にするのはいささか 慎みの無い誤解をされてしまいそうですね。」
この言葉にラ・ファイエット候は救われたように飛びついた。
「そうだとも!もちろんわたしはそんなことは無いと分かっているが 
世間には口さがない輩が多いものだから。」
「ではせめて 目の見えないあわれな従僕を どうかこの部屋に。
彼なら世間の誤解も起きはしないでしょう。わたしは寂しいのです。」
「まぁ それくらいなら…」
ラ・ファイエット候はしぶしぶではあるが承知した。

彼をこの部屋に呼んでも何も二人きりになるわけではない。
常に侍女と腹心の部下に交代で見張らせている。
目の見えない従僕ごときが何か出来るわけではないのだ。
それにラ・ファイエット候はついさっきアンドレを見に行ってきたところだった。
彼は寝ていたが 目を瞑っていてもその顔に見覚えがあった。
いつも彼女に付き従っていた従者だった。ずいぶん長い事傍においているようである。
優しいオスカルとしては長年仕えてくれた彼を放っておけないのだろう。

「ところで マドモアゼル…」
「ラ・ファイエット候 わたしのことはジャルジェとお呼びください。
マドモアゼルなどと言われると 自分の事だと思えないのです。」
「そういうものかね。しかしジャルジェ准将とお呼びするのも他人行儀な感じでさみしいものだ。
せめてファーストネームで呼ばせてくれないか。わたしのこともジルベールと呼んでほしい。」
「分かりました。ではジルベールと。」
「そうそう オスカルそれでいい。」
ラ・ファイエット候は上機嫌で答えた。

窓からは朝日が燦々とさしている。
その窓辺に立ちラ・ファイエット候は言葉を続けた。
「今日、王が市庁舎をお訪ねになる。」
「まさか?」
「本当だ。」
オスカルの心底驚いた顔はラ・ファイエット候を大いに満足させた。
「言ったろう。フランスは今まさに生まれ変わろうとしている!」
そして、窓を開け 芝居がかった仕草で両手を広げ天を仰いだ。
「歴史に残る一日になるぞ。わたしも もちろんその役者の一人なのだ。」
「ジルベール いったい何が起きているのだ?」
オスカルは身を乗り出して聞こうとしたが 激痛に顔を歪ませた。
「オスカル オスカル 落ち着いて。わたしが戻ったら何もかも話してあげるよ。」
ラ・ファイエット候は素早く近寄りオスカルを寝かせ、自分もべッドに腰を下ろした。
「何が起ころうとも 心配はしなくていい。ここは安全だ。
だから、あなたは体を治すことだけ考えていればいい。」
「ありがとう。だがせめて 新聞か、何か、だけでも。寝ているのは退屈だ。」
候は少しの間考えていたが、微笑んで言った。

「わかった。気晴らしは必要だね。君の従僕をすぐに部屋に移すように言いつけよう。
それから、リオネルに、いくつか時勢の分かる出版物を持ってこさせよう。」
「ありがとう。」
「さあ、もう行かなくては。」
候はそう言うと素早く オスカルの頬にくちづけをした。

一瞬のことで オスカルは何が起きたのか理解するのに たっぷり10秒はかかった。
「素晴らしい報告ができると思う。楽しみにしていてくれ。」
いかにもな 快活そうな笑い声をあげてラ・ファイエット候は出て行った。

残されたオスカルは非常にヤバいものを感じた。

まずい!これは非常にまずい!

まさか ラ・ファイエット候に男色の気があったなんて!

これから この部屋にアンドレが来る。彼はかなり嫉妬深い男だ。
以前 ジェローデルが求婚しに来た時は大変だった。
嫉妬のあまり 無理心中しようとまでしたのだ。
ジェローデルの時だけではない。
フェルゼンと彼の知らない所で会ったというだけでわたしを襲おうとしたし、
アランはキスしただけで、信じられないくらい怖い顔で殴られそうになった。
そんな彼がもし今みたいな場面に遭遇したら…

オスカルはぞっとした。

ともかく ラ・ファイエット候には わたしがただの女だと理解してもらおう。
そうすれば そう言う意味での興味はなくなるだろう。

オスカルは勘違いをしていた。
今まで自分を好きだと言ってきた男が、いや女も、
皆、男としてのオスカルを愛してくれたのだと思っているのだ。
唯一の例外がアンドレだが彼の場合、子供の頃から傍にいて 裸を見られたこともあるし 
生理などの事情も従者として当然知っている。彼の前で甘えて泣いたことも一度や二度ではない。
だから、彼は当然自分を女だと理解したうえで 愛してくれているとオスカルは納得できた。

しかし、ジェローデルは女嫌いで有名だったから 
彼に女性として見ているだの マドモアゼルだの 言われてもいまいち 実感がわかなかった。
もちろん嘘だとは思わないが、要するに女っぽくない女だから好きになったのだろう、そう感じた。
アランに至っては彼が言っていたように
「女に飢えている」状態で唯一の女だったからにすぎないのだろうと。

オスカルは自分の女らしい美しさや魅力にあまりにも無頓着であった。
初恋の相手に 女とみられなかったトラウマが大きく影響しているのかもしれない。

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