リオネルはいくつかのアジビラをすぐに持ってきてくれた。
そこには バスティーユ以降急速に進展した事態が書かれていた。

オスカルには信じがたい内容であった。
あれほど 栄光に満ちていたフランス宮廷が 
たった ひとつの要塞が落ちたことで もろくも崩れ落ちていくとは。

ルイ16世陛下でなければ 今頃 パリは火の海だったかもしれない…

そう思うと自分のした事が恐ろしかった。
普通の君主であれば あれほどの軍隊がいたのだ、
突入させて暴徒を蹴散らし 武力を民衆に誇示するものだろう。

けれど ルイ16世陛下はそれをなさらない。
それどころか軍を引き 今日敵の真っただ中に飛び込んでこようというのだ。

もしかしたら 陛下こそ 時代を変える革命家なのかもしれない。

ビラに目を通しながら オスカルは身ぶるいした。

ラ・ファイエット候の約束は今回も迅速に実行された。
こういうキチンとしたところが彼の大きな美徳であり
彼が信頼される大きな理由のひとつだ。

オスカルの天蓋付のベッドよりは 劣るが
それでもそこそこおしゃれで部屋のインテリアを損なわない程度のベッドが運ばれてきた。
オスカルは自分のベッドの横にそれを置くよう頼んだ。リオネルが注文を付ける。
「近すぎる。もう少し離して。」
「しかし、これくらい近くないと話ができない。彼はわたしの話し相手のために呼ばれたはずだ。」
リオネルは不機嫌な顔をしたが、
それでもオスカルのベッドの横にアンドレのベッドを細かく指示して置いた。

その場所は 内緒話には遠すぎるが通常、話すには不自由なく、
近いけれど枕に頭を付けているとべッドの天蓋のカーテンで 
互いの顔が隠れて見えない場所であった。

オスカルは不満であったがこれ以上言うのはためらわれた。

心が知らず知らず ときめく 

自分がこんなに乙女だったとは

愛する男性に会える そのことにこれほど気持ちが高揚するとは

いけない 落ち着かなくては 変に思われてしまう。
アンドレとのことは 今はここでは主人と従者で通しておかないといけないのだ。
そんな オスカルの様子をリオネルは壁にもたれて観察していた。

やがて 担架でアンドレが運ばれてきた。その姿が見えるや否や オスカルは体を浮かせた。 
激痛が走っても オスカルは体を起こし続けた。
アンドレの横にはアランが付き添っていた。
アランは頬を紅潮させているオスカルを見るとクスッと笑った。

彼の体がゆっくりオスカルの隣のベッドに移される. 。
アンドレは起きていた。オスカルが
「アンドレ…」
と声をかけると 彼が首を回して自分の方を向いて わずかに微笑んだ。

それだけのことだ

それだけのことなのに

なぜ こんなに 熱くて 苦しくて 幸せなのだろう

それを 出さないようにオスカルは必死で堪えていた。
涙が零れそうになるのも 抱き付きたくてたまらなくなるのも
今はただ 耐えるしかない。

「アランこれを見てくれ。」
オスカルはアンドレから自分の意識を離すためにも アランに話しかけた。
アランはオスカルからアジビラの束を受け取ると静かに目を通し始めた。
だが、次第に顔が強張っていく。

「隊長 偉いことになりましたね。」
「うむ。ともかく 軍と国民が全面対決する事態は避けられたが もし…」
ゴクンとアランの咽喉がなる。
「もし、王の身に何かあれば…ということですね。」
「そうだ。」

オスカルの顔から 先ほどまでの 恋する乙女の恥じらいは消え、隊長の顔が戻っていた。
「王が殺害されるようなことになれば、諸外国も黙ってはいない。
我が国はこれを口実に侵略の憂き目にあうだろう。」

はたして この事態を 国民議会の連中はどこまで理解しているのだろうか?
あのラ・ファイエット将軍の浮かれた顔を見ていると心配でならない。
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