残った兵士の点呼を取ると 死者は0、負傷者3名。

戦闘はまだ終わってはいないのだ。

パリの街は暴徒と軍隊で 混乱を極めている。

数日前に組織された 何の訓練もされていない市民軍など どうしていいか分からず
狼狽えるばかりだ。戦闘のプロである フランス衛兵隊の力が必要だ。

オスカルは残りの兵士達の隊列を組み直した。
「隊長!軍は皆マルス練兵場に集結するよう指示が出ている模様です。」
斥候のラサールがそう報告した。

ラサールはオスカルが赴任してからその才を見いだされ 斥候兵として特別な訓練を受けていた。
彼は重要な時には適格に働くことが出来るのに、何故だか目立たないという特殊な才能があったのだ。

「敵も体勢を立て直す気らしいな。よし 我々もパリ市庁舎に向かう。」
オスカルは軍を2列に並べ行進を開始した。
道すがら多くの商店が略奪にあっているのに遭遇したが 捨て置いた。
心は痛んだが 店主が逃げた後の商店を守ってやる余力はない。
ただ、陵辱されている女性、一方的な暴行を受けている者は助けてやった。

パリの街は混乱の中にあった。市庁舎も例外ではない。
オスカル達が到着すると 沢山の暴徒たちが その傍で気勢をあげていた。
オスカルはすぐさま、兵士を配置し 市庁舎の安全を確保した。

その様子にパリ市長フレッセルが気づき出迎えた。
「おお あなた方が我々の味方になって下さったという フランス衛兵隊の諸君か。」
市長はオスカルの手を握り 肩を抱いた。
「指揮官のオスカル・フランソワです。」
オスカルも挨拶を返す。市長は庁舎の奥にオスカルを自ら案内した。

中ではパリの街の有力者が数百人も集まり 今後の協議をしていた。
「軍事の専門家として 君の意見が聞きたい。」
そう何人かが オスカルに声をかけたが
「信用できるのか?そいつは軍のスパイかもしれないぞ。」
そう野次を飛ばすものもいた。

「私が保証する。」
そう声をあげたのは老齢の愛国者 ド・ラ・サル侯爵である。
「ようこそ パリへ。」
彼はそう言うと オスカルを檀上に引き上げ
「諸君、彼女はあの卑劣な暴力で 
王室が我らの国民の代表である議員達を 会議場から追い出そうとしたその時、
自らの命を盾に軍隊を止めてくれたジャルジェ准将その人なのです。」
わーと歓声が上がる中
「彼女?あいつ女なのか?」
と戸惑う声も少なからず混ざっていた。

「おれも知っている。あの日おれもそれを見た!」
「わたしもだ!」
何人かの声が 侯爵の言葉を証明し オスカルは友好的に迎えられることとなった。

ひとまず 運びこまれている衛兵隊員の様子を確認した。

怪我をしたのは フランソワ・アルマン、ジャン・シニエ そして、アンドレ・グランディエ。
フランソワは肩を銃弾が掠めただけなのでたいしたことはなかった。
問題なのは アンドレとジャンであった。ジャンは背中から心臓に近い位置を銃弾が貫いていた。
幸い弾は貫通していたが 薬が足らないため 十分な手当ができなかった。

それに比べればアンドレは いくらかはマシというものの重症である。
左肩に2発 左胸に一発。全て弾は貫通していた。

見守っていたオスカルは 医師の診察が終わるや否や 問いかけた。
「どうですか?二人の容体は。」
「あまり よろしくありません。」
医師は気の毒そうに言った。
「幸い 急所は外れているのですが 消毒液も薬も不足しています。
傷口の化膿や感染症が心配されます。」
「…」
医師が一礼して 次の患者に向かうのを オスカルも一礼して見送った。

「心配いりませんよ。やつらは頑丈にできてますから。」
ふいに背後から声をかけられ 振り返ると アランが立っていた。
「アンドレが 隊長を残して逝けると思いますか。」
「アラン…」
「行きましょう。おれ達はまだやらなきゃいけないことがある。」

「そうだ オスカル 行ってくれ。おれなら大丈夫だ。」
「アンドレ!」
ようやく アンドレが重そうに目を開けた。
「気が付いたのか。」
オスカルが跪いてアンドレの手をとる。

その手をアンドレは弱弱しく握り返した。
「さあ 行くんだ。」
苦しいながらも懸命に笑顔をつくろうとする。

オスカルはアンドレの手にくちづけを落とすと そっとその手を下した。

「いいか アンドレ わたしが戻るまでに 元気になるんだぞ いいな!」
オスカルは目じりに込み上げた涙が零れぬようにこらえながら命じた。
「ああ」
アンドレの声に オスカルはふっと笑い サーベルを握り直して 立ち上がった。
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