「パリの街は 無法地帯となっています。」
オスカルは軍関係者が集められた一角で自分の意見を述べた。
「軍はマルス練兵場に集結し、すぐにでも反撃してくるでしょう。」
「われわれもそれを恐れている。数日前から市民軍の組織化を図っているのだが…」
「一刻の猶予もなりません。」
オスカルは言葉を続ける。
「すぐに非常徴収を!我々フランス衛兵隊も町の治安回復の為にパトロールに出ます。」

その時だった。ひとりの男が駆け込んできた。
「大変だ!軍が動き出したぞ!」
また、別の男が飛び込んできて 
「奴ら 船でセーヌを渡ろうとしている!」

それを聞いてオスカルはにやりとした。
おそらく各地の橋や通りがバリケードでふさがれていて通れないと思い 
船での移動を考えついたのだろう。
けれどそれでは大人数の軍事展開をするには時間がかかる。

一方、自分が率いる隊の中にはパリで生まれ育った隊員が多い。

"裏をかけるな"

オスカルはすぐさま パリの地図を指し示しながら計画を話し始めた。

王家の軍を統率するブザンヴァル司令官は好色で知られた人物である。
オスカルも何度か対面したことがある。
高齢にもかかわらず舐めるように下から上へと走らす視線に嫌悪感を憶えたものだった。
こんな人物がパリ軍管区司令官とはと、眉をひそめたものだが 
今はこんな軽薄な奴が司令官で好都合だ。

船で上陸できそうな箇所の中からわざと 手薄な場所を作り 待ち伏せする作戦をオスカルは提案した。
相手がブザンヴァル司令官ならば こんな見え透いた手でもかかってくれるだろう。
こちらの兵士は圧倒的に少ない。
兵器も十分ではないのだから 敵を少しずつ誘い込んで叩くしかない。

フランス衛兵隊の中から三分の一を市庁舎に残し 
招集で集まった市民兵を指揮して市内のパトロールに当たらせることにした。
残りの兵を率いてオスカルは目的の敵上陸地点の大通りに向かった。

夕闇が迫り始めていた。パリの街は興奮と混乱の中にあった。
小さな小競り合いがあちらこちらで絶えず起こっている。
だがそれら個々の事に今は構ってはいられない。
それは残してきた兵士達と市民兵にまかせて 
自分はもっとおおきな敵と相対しなければならない。

予定の大通りはバリケードの撤去にもたついていたが 
フランス衛兵隊の到着で一気に加速し数分後には片付いた。
暗がりが広がりつつあったが なんとか兵士の配置を完了することが出来た。

「隊長!きました!ロワイヤル・アルマン連隊です!」
セーヌに放っていた斥候の一人が駆け込んできた。
敵はまんまと罠にかかりこちらに向かっているらしい。

「弾込め!準備」
オスカルが命令を発すると それが復唱され全員に伝わる。
「弾込め!準備」
「弾込め!準備」
「弾込め!準備」

やがてそれは 返す波になり
「弾込め 準備完了」
「弾込め 準備完了」
「弾込め 準備完了」
「隊長!全員準備完了しました。」
そうアランが報告に来るころには あたりはすっかり暗くなっていた。

息をひそめて待つと 街の喧騒の中に 進軍太鼓の規則正しい音が聞こえてきた。
先ほどとは違い今度は 声を潜め 伝言が伝わる。

「射撃用意」
チャッ チャッと銃を構える音がする。
大通りの街灯は両脇の建物からつるされ 通りの真ん中を照らしている。
脇にある建物の陰に潜む兵士にその光は届かない。
そしてその光は煌々と敵の進軍を照らしてくれているのだ。

十分ロワイヤル・アルマン連隊が通りにはいったところで オスカルは凛と響く声を上げた。

「撃て!!!!」
一斉射撃が始まる。突然のことに それまで整然と進んでいた隊列が 一気に乱れ 
あっけなく敗走を始めた。ところが引き返そうにも 後ろからも次の隊が押し寄せて来ていた。
限られた道の幅の中でどちらに進んでいいか分からず 敵兵は混乱した。
それを狙い撃ちするのはたやすいことだった。

なのに どうしてだろう?

オスカルは胸が痛かった。

だが、今は感傷的になっている時ではない。
決定的なダメージを受け 敵は敗走した。

この報を受けたブザンヴァル司令官は 鳴り響く警鐘の音と上がる炎 
手におえない市民の略奪と暴動に恐れをなし 
各連隊に直ちにそれぞれの駐屯地に帰るよう指示をだした。

フランス衛兵隊の攻撃で 士気の下がった軍隊にこれほどの事態を納めることは
もはや不可能と感じたのだ。しかも彼らを養う兵量はつきかけていた。

パリから王の軍隊は撤退したのである。が、これはパリが無法地帯になったことをも意味していた。
軍の陰がなくなると 市民たちはますます 勢いづいて略奪と破壊を繰り返した。

もちろん、オスカル達はすぐにパトロールに当たっていたユラン伍長の隊と合流、
パリの治安回復に努めたが それは思う程成果を上げることはできなかった。
狂人のように荒れ狂う市民に発砲すらできない状況で、やれたことといえば 
数名の騒乱扇動者と略奪の現行犯を逮捕するくらいなものだった。
夜が明けるころには オスカルも衛兵隊の兵士達も すすけた顔をしてぐったりとなってしまっていた。

幸い オスカル達が奔走している間に 多くの市民兵が駆け付けてくれたので 
オスカル達は仮眠をとることが許された。
ボロボロの体は市庁舎の固い床の上でも 構わず眠りに落ちてくれた。

薄い毛布に包まって オスカルはアンドレの事を考えたが すぐに泥のように眠りこけてしまった。
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