ラ・ファイエット候が オスカルに事の次第を話してくれたのは 翌日の早朝であった。
「オスカル オスカル」
傷に触らないように 優しく揺り動かしながらオスカルを起こした。
「こんな時間にすまない。けれどわたしはこれからしばらく この別邸には来られなくなるから。」
オスカルが目を覚ますと 愛おしそうに顔を撫でようと
ラ・ファイエット候が伸ばした手をオスカルは反射的に払った。

「あ…これは失礼したね。」
「いえ…」
オスカルは寝間着の襟元を締め直した。
「昨日の事 きっと君が知りたがっていると思ってね。」
「もちろんです!お聞かせください。」
オスカルは一気に目覚めた。
その様子にラ・ファイエット候は気を取り直し自慢げに話し始めた。
だいぶ、虚飾の多い話ではあったが 当事者だけあって詳しい。
興味深く聞いていたオスカルに 最後に彼はジャルジェ将軍の話をした。

「将軍は陛下に『このジャルジェ。少々老いてはおりますが、
命ある限り忠誠をお誓い致します。』とおっしゃっておられた。」

「そうか…」
オスカルの顔は暗い。あの父が 母が ばあや やジャルジェ家の者達が
どれほど苦しんだか考えると胸が痛む。
「陛下はわたしを許して下さったのか。
わたしは2度までも陛下を裏切った大罪人だ。罰せられて当然なのに。」
「おいおい、わたしの前でそれを言うかね。そんなこというなら、わたしはもっと罪深いぞ。」
ラ・ファイエット候はおどけてみせた。
この2歳年下のやんちゃ坊主は確かにオスカルを上回る暴れん坊だ。

アメリカ独立戦争に始めルイ16世は乗り気ではなかった。リスクも費用も大きすぎたのだ。
それゆえ 全ての将校にアメリカ軍への救援を禁止した。
ところがこのやんちゃ坊主はそんなこと無視して ちゃっちゃっと財力に物を言わせ
200トンの船「ヴィクトワール号」をチャーターし アメリカに行ってしまった。

そして、アメリカでも始めこそたいして歓迎はされていなかったが、
若く熱意溢れる彼は勇敢さを示し、
やがて、ジョージ・ワシントンに我が子のように愛されるまでになった。

パリ帰還の折にはフランス国民からも英雄のように扱われた。
ところがこの彼個人の栄光とは裏腹に
この戦争は疲弊していたフランス財政に決定的なダメージを与えてしまった。
さらに彼は三部会に参加し、平民議員と手を組み
王命を無視して議場に居座り戦おうとしたのだ。

「それでも 陛下は昨日 わたしを国民軍司令官として認めてくださった。陛下は凄いお方だ。
ご自身の損得や対面よりも 物事の真実に目を向けようとなさるのだ。
だからわたしの事も君のことも許して下さったのだとは思わないか。」
このラ・ファイエット候の問いかけにオスカルは頷いた。
確かにそうなのだろう。対面を重んじれば昨日一日の事はとても出来ることではない。
王の軍隊はまだまだ巨大であった。王は命令ひとつで民衆を蹴散らし 
威厳を保つことはたやすかったはずだ。

「ところで わたしはもう反逆者ではなくなったのだろう?
父上に連絡を取って家に帰りたいのだが。」
「それは…」
ラ・ファイエット候はオスカルの言葉に顔を曇らせて リオネルを見た。
リオネルは歩みより一礼するとはっきりと答えた。
「恐れながら ジャルジェ将軍」
「オスカルで良い。そんな言い方をされると父上みたいだ。」
「ではシトワイヤン・オスカル。あなたをまだ公の場に曝すことは危険だと思われます。」
「何故だ?」
リオネルは一枚のビラを差し出した。
「これは部下が今朝見つけたものです。街中に張られていたようです。
おそらく日がのぼれば 大量に配られるでしょう。」
そのビラは王がバスティーユの英雄を将軍と認めたこと。
すなわち王が負けを認めたのだと 事実を歪曲し、大げさに書き立てていた。
「『…そして われらがオルレアン公はこの英雄を讃え 支援するために行方を捜している。
見つけた者には200リーブルの謝礼を出そう。』なんだこれは!まるで懸賞首ではないか!」
「その通りですよ。シトワイヤン・オスカル。だからあなたを出すわけにはいかない。
オルレアン公だけではない。プロバンス伯もミラボー伯もその他大勢の勢力があなたを探している。
あなたの存在はいまや大変大きな影響力を持っているのですから。」

なるほど、美貌の女革命家。自由の女神の広告塔に仕立てるには打ってつけだ。
着飾らせて横に侍らせておくだけでも 民衆の人気を高めることができるだろう。

「だから、今はここで傷を治すのに専念なさってください。」
「そうだ。オスカル。遠慮はいらない。ほとぼりが冷めるまでずっといてくれてかまわない。」
「すまない ジルベール。」
「わたしはしばらく 忙しくてここには来られなくなると思うが、
このリオネルは使える男だ。彼に何でも言ってくれればいい。
それから とってもいい医者を呼んでおいた。アメリカで知り合って 
あまりの腕前に無理を言ってフランスに来てもらった医者だ。
あなたの胸の病を治せるかもしれない。」
「ありがとう 感謝する。」
「よし、朝早く起こしてすまなかったね。わたしはもう行くよ。休んでくれたまえ。」
ラ・ファイエット候は三色の帽章の付いた三角帽をかぶるとサーベルを手に部屋を出て行った。
あとをリオネルが付いて行く。
「リオネル よろしく頼む。出来るだけのことをして差し上げてくれ。」
「お任せください。候。」
「それから あの男、アンドレ 彼にも気を付けてやってくれ。彼は王のお気に入りだ。」
「そうなのですか?!何者なのです?」
「一介の従者だよ。だがどういうわけか陛下に気に入られているんだ。」
「シトワイヤン・オスカルにもですね。」
それには答えず ラ・ファイエット候は馬車に乗り込んだ。
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