オスカルはべッドの横から沢山のビラを出した。
「ここ一ヶ月あまり リオネルに頼んで集めてもらったものだが 解せない点がある。」
「つまり あまりに"早すぎる"ということだな。」
「さすがだ。ジルベールも気づいていたのか。」
「もちろん 特にあの『改革のために 打ち落とさなければならない 286人の首』
あれはあまりに早すぎる。あれだけ大量にビラを用意して 
しかも一夜のうちにさばくなど手際が良すぎる。
つまり、王の敵はかなり大きな出版所と執筆陣 情報網をもっていることになる。
しかも彼らは大した思想も志も無い連中なのだろう。
このビラの内容やこの間のパリ訪問の際の嫌がらせからもそれが分かる。」
「そう、真剣に啓蒙思想を学んだとかそういう連中ではないだろう。だが、目的はある。
現国王を排して自分達の都合のいい王を立てようというのだ。
そのために革命を利用しつつも 王制が無くなってしまっては困るという矛盾を抱えているので 
おかしな感じになるのだろう。」
「オルレアン公だな。なるほどルイ16世陛下を亡き者にしてもまだ二人の王子がいる。
さらにその後にも、プロバンス伯 アルトワ伯 そしてそのお子達。
しかも彼らは皆オルレアン公より年下なのだから、
彼に王座がまわってくる可能性はこのままではまずないだろう。
だから革命を利用しようと考えたのだな。
パレ・ロワイヤルにはオルレアン公のために 都合のいい文章を書ける程度の人間も、
印刷物を密かに作る場所も 十分にあるだろうし。」

「だから、こちらもそれに対抗する広報官が必要だと思う。
今まで陛下はご自身の意見を広く発信なさることをしてこられなかった。
唯一例外なのはカロンヌ氏と行った『14の意見書』の出版だ。
だがこれは民衆が理解するには難解過ぎた。民衆に訴えるにはそれなりのやり方がある。
いくら正しくとも理解されなければ意味がない。」
「耳が痛いな。当時わたしもカロンヌ氏の辞任に賛成してしまった一人なのでね。」
「ま、あの頃なら仕方ない。君だけでなく多くの貴族が
フランスの現状も改革の必要性も理解していなかったのだから。だが今なら分かるだろう?」
「ああ」
「つまりだ。陛下の意見を正しく しかも理解できるように宣伝することが、
どうしても必要なのだ。それについてわたしに思い当る人物がいる。」
「それは誰だ?」
「今は言えない。だが信用できる人間だ。わたしとアンドレで会いに行ってくる。外出を認めてくれ。」
「認めるも何も 別に私は… いや、正直に認めるべきだな。
今まで確かに君を事実上、軟禁していたのだと。
が、もう傷もある程度治った事だし、自由にして構わないだろう。
だが、まだ君を多くの人間が探していることは忘れないでほしい。
また、治療がちゃんと完治するまで ここにいること。
ジャルジェ家の周りは今沢山の組織に見張られているのだから。」

オスカルの顔色が変わった。
「それは 本当か?」
「本当だ。別にジャルジェ家だけではない。わたしの本宅も狙われている。
この別宅にはそれを欺くため 娼婦の女を見受けして置いている。
つまり 世間的にはここはわたしが女を囲っている別宅という風になっているのだ。」
「考えたな。その娼婦信用できるのか?」
「いい娘だが 完全に信用はできない。だから、今は家から出さずにいる。
彼女にはしばらく自由が無くなることと、日に何度か窓辺で姿を見せることを条件に、
借金の清算と仕事終了時に多額の報酬を約束している。
金がもらえる当てのあるうちは大人しくしているだろう。」
おそらく リオネルが考えたのだろうなとオスカルは思った。
なるほど それなら ラ・ファイエット候が通ってくるのも不思議ではない。

自分が思っている以上に 敵はあちこちにいるようだ。
行動は慎重でなければならない。
この屋敷内はリオネルの目が光っているので大丈夫のようだが。

ラ・ファイエット候とオスカル アンドレは辻馬車を装った馬車に乗り込んだ。
中には男が一人乗っていた。
「心配はいらない。私の部下だ。」
ラ・ファイエット候の言葉に一同の緊張が解ける。
御者台にはリオネルとアランが座り、アランの案内でベルナールの家を目指した。

馬車の窓のカーテンの隙間から 外を伺うと 
驚いたことにパリの街は7月14日のあの日より荒れ果てていた。

辻々に 生きているのか死んでいるのか分からない人間が横たわっていた。
商店は略奪の跡が生々しく残っている。
人々の目はギラギラし いつ襲ってきても不思議ではないように感じられた。

あの日 輝かしい凱歌を上げた 同じ民衆とはとても思えない。

"結局、わたしのした事は何にもならなかったのだろうか?"

オスカルは虚無感を感じずにはいられなかった。
と、同時に 国民議会が主権を握り、民衆が権利を取り戻すだけで
問題が解決するかのような 錯覚を自分がしていたのだと改めて感じた。

ベルナールの家近くに着くと リオネルは御者台を離れ 
辺りを一回り見て来てから一同を馬車から降ろした。

一緒に乗ってきた部下に「馬車を頼む」と言って手綱を渡すと、
ベルナールの家へと向かった。

オスカルはドアをノックした。中から
「どなたですか?」
誰何の声がする。懐かしいロザリーの声だ。
「わたしだ。オスカルだ。」
「オスカルさま!」
弾かれたように ドアが内側に開いた。
ロザリーは数か月まえと変わらず驚いた顔をしたが 
すぐさま オスカルを室内に引き込んでドアを閉めようとした。
「あっ待って おれ達も入れてくれ。」
アランが慌てて ドアを抑える。
男達はドカドカ入り込みリオネルが最後に辺りを警戒しながら ドアを閉めた。
「アラン!アンドレ!無事だったのね。」
大きな目に涙が溜まったが ラ・ファイエット候とリオネルがいるのを見ると ぐっと堪えた。
「オスカルさま これはいったい…」

「ロザリー どうした?誰がきたのだ?」
隣室から声をかけながら ベルナールが顔を出した。
そして 彼らを認めると お驚きのあまり言葉を失った。
「突然訪ねてきて すまない 力を貸してほしいんだ。」
そのオスカルの言葉にベルナールは 肩で息をして 
「また、禄なことではないようだな。」
そう 言って笑った。
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