「オスカルさま オスカルさま」
小さな手がオスカルを揺り動かす。

「う…うう…ん」
体中が痛い。頭がズキズキする。それでもオスカルは体を起こして辺りを見回した。
一瞬ここがどこなのかわからなかった。

「オスカルさま お顔を拭いてください。スープとパンを用意してありますから。」
ロザリーから渡された濡れたリネンで顔を拭きながら オスカルは強い空腹感を感じた。
「アンドレは? ジャンやフランソワはどうしている?」
「3人とも無事です。ただジャンさんだけはしばらく起き上がれそうもないのですが…
一時は本当にあぶなかったのです。今は落ち着いています。」

この時、ロザリーは少し上目使いにクスッと笑った。
「なんだね?ロザリー」
「いえ、アンドレも気が付いて真っ先に『オスカルは オスカルはどこだ?』って叫んだものですから。」
それを聞くと オスカルは顔がカァ…と熱くなった。

"あのバカ!うわ言でなにか言っていなきゃいいが"

二人が夫婦になった夜が体にリアルに思い出された。

そんな様子をロザリーは微笑んでみていたが 
まさか、もうオスカルが乙女でないなどとは想像もしていなかった。
ただ、きっとオスカルさまはアンドレに恋をし始めていらっしゃるのね、
そんな風に感じていたのだ。

食事を取りながら オスカルは寝ていた間の出来事の報告を受けた。
「市民兵の人数は集まったのですが 武器が無いため 廃兵院にそれを要求しました。
司令官ソンブルイユ侯爵は無抵抗でした。
王の軍隊も戻ってくる気配がなく 事態は沈静化に向かうかと思われたのですが、
明るくなってみるとバスティーユの大砲の向きがパリ市内へ
つまり我々に向けられているのがわかりました。」
オスカルはスプーンの手を止めた。
「今、弁護士のテュリオ殿が市民の代表らとともに ド・ローネ候の説得にあたっています。」
その時、市庁舎中に響き渡るかのような大声を発しながら 男達が駆け込んできた。

「大変だ!ド・ローネ候にだまされた!」
「和解するふりをして 市民を誘い込み、狙い撃ちにしている!」
オスカルは残りのパンを急いで口に放り込んだ。

市庁舎前に兵士を集め 隊伍を整え点呼を取る。
夕べのゲリラ戦とは違う。要塞を攻めるのだ。
オスカルと隊員達は緊張に身を強ばらせた。

「バスティーユへ!!」
「おーっ!」
鬨の声が上がる。

つい いつもの癖で オスカルは後ろを振り返り
「アンドレ いくぞ! 用意はいいか」
そう言ってしまった。だが 振り返った先にいたのは柔らかな微笑みを浮かべる彼女の従卒ではなく 
呆れた顔をしたアランだった。
「アンドレじゃないけど アラン・ド・ソワソン 出撃用意はばっちりです!隊長!」
「あ…」
恥ずかしそうにするオスカルに隊員達はどっと笑った。おかげで緊張が解れたようだ。

バスティーユに向け 意気揚々と進軍を開始した。

バスティーユでは 市民が苦戦を強いられていた。
ただでさえ 市民達は戦闘どころか銃すらまともに使えぬ者も多い。
まして要塞を攻めるなど、どだい無理な話なのである。
けれど フランス衛兵隊の登場は それを一変させた。

大砲が火を噴き 堅固な要塞を崩し始める。指揮官が現れたことで 市民がまとまりだした。
オスカルの指示で跳ね橋を襲い、これをおろすことに成功した。
こうなってくると 多勢に無勢 バスティーユの守備兵達は浮足立った。

「くっそう!」
こんなはずではなかった。いかに人数が多かろうと 所詮は烏合の衆。
決して要塞が落ちることなどなかったはずなのだ。
ド・ローネ候は唇を噛みしめ、拳でテーブルを叩いた。
「あいつだ。あの裏切り者のジャルジェ准将さえいなければ…」
まだ、勝機はあるかもしれない。
「狙撃兵は全員、ジャルジェ准将に狙いを絞れ!!!」
ド・ローネ候の命令が要塞を駆け巡った。
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