ジェローデルは先に寝てしまったリオネルの顔を覗き込んだ。

"可愛いものだ。"

まだきっと 二十歳をわずかに超えたくらいだろうに。
彼くらいの頃といえば わたしは近衛であの方の副官をしていたか…

まだ、ベルサイユは栄華を誇り毎夜華やかな宴が繰り返され、貴婦人たちが美を競っていた。
その中でもあの方はもっとも美しい花であった。
着飾ることも濃い化粧もすることなく髪さえも結い上げずとも 間違いなく一番美しかった。
そして、その美貌は まだあどけなさが残る少年兵のころから すでに健在であった。

"わたしは 一目で恋に落ちてしまった。"

今のリオネルよりも 若かったわたしは 恋を知らなかった。
ましてや 自分のこの気持を制御する術など知るはずもない。

ただ ひたすらに 憧れ 追い求め 気が付けば 彼女以外の女など 
何の魅力も感じぬほど恋焦がれてしまっていた。

"もう少し せめて 今の彼くらいの頃出会っていれば 
わたしはのめり込まずに済んだのだろうか…"

リオネルがオスカル嬢の事を"シトワイエンヌ"ではなく
かたくなに"シトワイヤン"と呼ぶのを聞いて 
ジェローデルは彼の秘められた心を感じたのだ。

明日は早いもう寝なくては…
窓を閉めて リオネルの毛布を掛け直してやってから ろうそくを吹き消した。

「おはようございます。大佐。」
リオネルがジェローデルを起こした。
「う…うん… おはよう…」
柔らかいくせ毛をわしわしかき上げながら ジェローデルは体を起こした。
「大佐。チャッチャッと支度してください。朝が苦手のようですが容赦しませんよ。」
シャーッとカーテンを開けると朝の支度をテキパキ始めた。
「う〜っ 鬼め。」
ジェローデルの軽口にリオネルはクスッと笑う。
朝日の中で それは年相応の笑顔であった。

お天気に恵まれたこともあり カレーの港でさほど待つことなくイギリスに渡ることが出来た。
ロンドンへの陸路も難なく進んだ。問題であったのはカロンヌ氏の屋敷を探すことであった。
夕闇迫る中 初めての街で二人はなかなか見つけることが出来なかった。

ようやくたどり着いた頃には 夜、遅くなってしまい 訪問をためらったが 事態は一刻を争う。
不礼を承知で リオネルはドアノッカーを叩いた。

カロンヌ氏はジェローデルを見るとすぐに屋敷に入れてくれた。
執事に軽食と客間の支度を指示すると 手ずからワインを注ぎ二人に勧めた。
リオネルは遠慮してジェローデルの斜め後ろに立ったが 
カロンヌ氏が座るように指示した。彼は素直に従った。

「詳しい事は 後でご説明いたします。まずはこちらを」
ジェローデルは王の親書を差し出した。
カロンヌ氏にはそれが何かすぐに分かった。懐かしい王室の便箋。

両手でそれを押し抱くと さっそく読み始めた。
その間、ふたりには運ばれてきた食事を食べるように勧めてくれた。

手紙を読み進めるカロンヌ氏の目に涙が溜まり始める。
零れる前に自分でハンカチを取出しそれを押さえた。
「相変わらず 王は明瞭なお方だ。状況は良くわかりました。しかし…」
手紙を丁寧に元通りたたみ直すとカロンヌ氏は二人に言った。
「あのネッケルと仕事をするなど 鳥肌が立ちます。
あのペテン師野郎が私に何をしたかあなたもご存じでしょう?」
「存じております。それを承知の上でこうしてお願いに上がりました。どうか私の話をお聞きください。」
「今は止めておきましょう。もう遅い。客間を用意させました。話は明日伺います。」
そう言うと執事を手招きして 二人を部屋に案内させた。

「大佐。カロンヌ氏をどう説得なさるおつもりです。」
「わからん。」
「では、質問を変えます。カロンヌ氏はフランスに戻ってくださるでしょうか?」
隣の客間に案内されていたリオネルが不安そうに
ジェローデルの部屋を訪ねてきて問いかけたのだ。
「どうあっても戻っていただく。今のフランスを救うにはそれしかない。
心配はいらないから、今夜はちゃんと寝なさい。」
ジェローデルのしっかりと落ち着いた声に 
幾分かリオネルは気を取り直し部屋に戻った。
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