リオネルの到着から遅れること5日して カロンヌ氏本人が到着した。
彼は従僕に変装し 王の近くの部屋に入居した。

"何ということだ!道中ジェローデル伯爵から聞いてはいたが、これほどとは!"

あれほど溢れていた貴族達はほとんど消え失せ 
残っているのは次代遅れの年寄りと 一部の忠義者達。
従僕も厩番も庭師も 調理人さえ わずかな人数しか残ってはいなかった。
王の身の回りのお世話でさえ 事欠くありさまだったのである。

"だが、これならば 改革が実現できるかもしれない。"

かつて 改革にあれほど反対していた貴族たちが これ程までに減ったのだ。
しかも 経費削減にあれほど苦慮していたというのに 今はどうだ。
召使の数も 燃料費の心配も 労せずしてこれほど削減されているではないか!

この現状に新たな計画がカロンヌ氏の頭に浮かんだのである。

ルイが密かにカロンヌ氏に会うことが出来たのは だいぶ夜遅くになってからであった。
久しぶりの邂逅に ルイは涙が溢れ 言葉が出なかった。

異例のことではあるが カロンヌ氏は自分からルイを抱きしめたのである。

そうせずにはいられなかった。

彼がどれほど 善良な王なのか 自分が一番よく知っている。
争い事が嫌いな彼が かつて 宮殿中を敵に回して 自分を守ろうとしたのだ。

愛する王妃マリー・アントワネットの両肩を掴んで 
「おまえの口出すことではない!」
と叱責し、部屋から追い出したことさえあったのだ。

仕方なかったとはいえ、彼を一人この嵐の中に置いてしまったことに
カロンヌ氏は深い罪悪感さえ持ち始めていた。

ようやく ルイは泣くのを止め 話し始めた。
「そなたの 『1789年2月9日 王に当てたカロンヌの書簡』は読んだ。」
それはロンドンで出版された カロンヌ氏の本である。
以前の改革案をさらに練り直した内容になっていた。
直接王に会うことが叶わなくなったカロンヌ氏は出版という形を取って 王にメッセージを伝えたのだ。
それはある意味フランス国民にあてたものでもあったのだが、
フランスで不人気の彼の書は正しく評価されることなく、
セリュッティ神父やバルナーブなどによって批判的なパンフレットが発行され 
影響力を持つことなく終わってしまった。

「陛下、わたくしはあの書よりさらに熟慮を重ね より良い政策をいくつも用意してございます。
それを具体的にするためには 今の財政状況を正確に把握する必要がございますので 
しばし お時間をいただきます。」
「分かった。ネッケル氏が明日こちらに密かに訪ねる算段が整っている。
必要なことをきかれるといい。」
「では、ネッケル氏は此度の事、承知されたのか!?」
それは当然の驚きと言えよう。

あれほど プライドにこだわり 自分を忌み嫌っていた彼が この計画を飲んだというのである。
「いったい どんな手を使われたのです?陛下」
「わたしの手柄ではない。全ては 勝利の女神がわたしについてくれたからだ。」
その言葉で 彼はすぐに オスカルを連想した。なるほど彼女ならば出来るかもしれない。

時間は惜しい。カロンヌ氏は先を続けた。
「ここに到着いたしまて 思ったことがございます。宮殿をパリに移してはいかがでしょう?」
「それには どのような意味があるのだ。」
「今 フランスはパリとベルサイユという別れた場所で それぞれ議論がなされています。
これは非常に効率が悪いことでございます。
宮殿並びに国民議会をパリに移されることで 迅速に対応できるうえ 
陛下への市民の親しみも増すと思われます。
今ならば廷臣の数も召使の数も少ないですから 宮殿を移すのは不可能ではないでしょう。」
「しかし危険ではないのか?」
「それは逆でございます。
今ですと ラ・ファイエット将軍はパリとベルサイユの両方を見なければなりませんが 
パリに移られれば 常に王の傍近くお守りすることが出来るでしょう。」
「なるほど 今当てになるのは彼だけなのだからな。」
「さようでございます。このベルサイユ宮殿はもはやあちらこちらが痛みだし 
手の付ようがない位老朽化しております。同じ経費をかけるなら 
パリのルーブル宮かテュイルリー宮を補修する方が良いと思います。
よろしければ明日にでも視察に参りたいのですが?」
「分かった。行ってくればいい。そなたの言うことが確かに正しいだろう。」

二人ともこの宮殿移転問題の最大の難敵は
王妃マリー・アントワネットであろうと思ったが口には出さなかった。

翌日、ネッケル氏とルイ16世 カロンヌ氏は密かに会見をした。
驚いたことにネッケル氏はすでに カロンヌ氏が欲していた資料を全て揃えていたのだ。
「何故わたしが欲しい資料がお分かりになったのです?」
「あなたの『1789年2月9日 王に当てたカロンヌの書簡』は読みました。
わたしも財務宰相を任じる者です。これくらいは分かります。
わたしたちはもはや運命共同体です。」

"この男がわたしに協力など…事態は想像以上に悪いのかもしれない。"

身が引き締まる。命がけの戦いが始まる。

カロンヌ氏の部屋は表向き王の近習室を装いながら実質財務室であった。
何人かの口の堅い忠義者が彼の補佐にあたった。

カロンヌ氏はパリの宮殿の視察だけでなく、人々の暮らしにも目を向けた。
酒場を巡り、市場を覗く。以前、宮殿内ばかりに目を向けて 
民衆を理解していなかったことが 大きな敗因のひとつと感じていたからだ。
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