「わあぁ 見て見て お母さま うさぎ!」
ルイ・シャルルが 嬉しそうに庭に飛び出した。
数日続いた工事の騒音にアントワネットは 抗議する気力はなかった。

「どうせ わたくし達は囚われの身なのでしょう。」
そう思って もはや何も言う気はしなかったのだ。
王はなにやら 忙しそうに 会議やはかりごとをしているようだけれど 
アントワネットには いっさい教えず 口出しもさせなかった。

確かに 市民の自分への態度を見れば 自分が出て行かない方がいいのは分かるが。
公式行事も無いに等しく、舞踏会やおしばいも出来なくなった今となっては 
いったい自分は何のために生きているのか、分からなくなった。
ただ、子供達に本を読んで聞かせたり、
フェルゼンと当たり障りのない会話を交わすだけの生活。

ルイ・ジョゼフでさえ 車いすのまま 王と行動を共にしているというのに。

そんな日常に突然、うさぎは王妃の目の前に現れたのだ。
見れば 中庭から工事人足はいなくなっており 代わりに小さな池とアヒルがそこにいた。

ルイ・シャルルは無邪気にうさぎを追って庭に入り 
マリー・テレーズも小さな花々に惹かれ 足を踏み入れた。
それは 全く無造作な庭であった。彫像一つ無く 噴水もない。

けれど 鳥達が集まり 可憐な小さな花が咲いていた。
その素朴さ 無秩序な感じは 何故かアントワネットの気を引いた。

庭でうさぎやアヒルと遊んでいると ベルタン嬢が伺候したと 侍女が伝えた。
「ここへ 通してちょうだい。」
アントワネットはそう命じた。

「王妃さま まぁ 素敵なお庭ですこと。」
「ふっふっ…お世辞はいいわよ。ベルタン。」
「いいえ、お世辞では ありません。
実はわたくしの新作はこういう庭にこそ映えるのですから。」
「まぁ 新作ですって。」

アントワネットは興味をもった。
ベルタン嬢はさっそく デザイン画をいくつか見せた。

基本形は田園風だが 垢抜けた感じを出すため 
あえてエプロンを透けるオーガンジーで作り
同じ素材で帽子に大きなリボンをつけた。
一見村娘風でありながら、どこか幻想的な妖精を思わせるデザインである。

「いかがでしょうか?王妃さま。」
「まぁ 素敵ね。」
「いくつか 生地の見本もお持ちしました。ご覧くださいませ。」

そこにはアントワネット好みの 小さな花の模様の生地と 
それと同系統色のオーガンジーがセットで見本帳に張り付けられていた。
アントワネットはその中から 白地に青の花柄のプリントに薄水色のオーガンジーを選んだ。

数日後、ドレスはアントワネットに届けられた。
久しぶりの新しいドレス。価格は今までのドレスに比べると 格段に安いが 軽くて動きやすい。
アントワネットが子供達と遊ぶには 最適であった。

気にいったアントワネットは同系統のドレスを他にいくつか購入した。

もともと 活発なアントワネットは この動きやすい服を手に入れてから 
小さな中庭で子供達とうさぎを追いかけたり ダンスをしたりすることが多くなった。

楽しそうな笑い声は 回廊越しにも 外に聞こえるようになるくらいであった。
声がすればつい 目線がいってしまうのが人間である。

ちらちら 見え隠れする 王妃と子供達の楽しそうな姿は
市民たちの間で反感を持ち始めていた。が、それは表向き。

「あの オーストラリア女 いい気なもんだね。」
「まったくだ。みんなが大変な時にさ。」

そう口では言いながらも、ゴテゴテした宝石を身に着けた王妃のイメージとは違う 
自然体で 軽やかな様子は内心 新鮮な驚きと親近感を感じずにはいられなかった。

やがて 回廊から露骨に覗くわけにはいかないけれど 
セーヌの対岸からならと川沿いには多くの市民が集まるようになってきた。

時節到来と見たベルタン嬢は 「テュイルリー風エプロン」の販売を始めた。
それはオーガンジーで作られたエプロンである。

くすんだ服もそれを被ると ファッショナブルに変身するというもの。
何枚か重ねれば 色のグラデーションが楽しめ よりゴージャスになる。

これを オスカルはロザリーに頼んで 何人かの町娘に着てもらった。
王妃のファッションに憧れつつ、嫌われ者の王妃をまねることは 
ためらわれていた市民たちも 誰かが口火を切れば 遅れまいと 
こぞってこのエプロンを買い求めた。

もともと おしゃれに敏感なのがパリっ子である。
巷には革命にちなんだ様々な装飾品も売り出されていたが、
そのどれよりも売れた。

一番人気は赤白青の三色旗の色を丈違いで重ねたものである。
それにやはり三色のオーガンジーを縫い縮め花形にしたものを 帽子につけるのだ。
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