ある日、ベルタン嬢は王妃を 通りが良く見える正門のあたりまで散歩に誘った。
市民の目を避けるようにしていたアントワネットは 
この辺りにはあまり近寄りたがらなかった。
それを巧みに ベルタン嬢は誘導したのだ。

「王妃さま ご覧になって。」
見れば市民が自分が身に着けているのと 
同じようなオーガンジーのエプロンをつけて歩いているではないか。
「いったいこれは…」
「皆、アントワネットさまに憧れているのでございますよ。」

アントワネットは実はファッションに寛容な女性である。
気位の高い女性にありがちな 
自分と同じものを身につけるのは許せないという感覚はあまりない。

むしろ ファッションリーダーとして 
自分が流行を生み出すことにこそ喜びを感じるのだ。

「どちらに おいででも 王妃さまがいらっしゃるところが 流行の発信地であるのです。」

これをきっかけに アントワネットは少しずつ 明るくなった。
古びたテュイルリー宮殿の居室も自分好みに変えようという意欲もわいてきた。
もともと インテリアにはうるさい方である。
自ら新しい図柄を考案し 壁紙やソファーの生地などに使用した。
それは大抵 小さめの花柄が多かったので 服や小物に使うにもぴったりの柄であった。

「ねぇ 王妃さま いっそ秘密のデザイナーになってみませんこと。」
ベルタン嬢のこの申し出はアントワネットの悪戯心をくすぐった。

アントワネット考案の柄は ドレスやバッグ リボンやケープなど 
様々に姿を変えて売り出された。
誰からも愛される 可愛らしい柄はたちまち流行したのである。

その売れっ子デザイナーの名前は「ロレーヌ」
アントワネットの父 フランツがかつて治めていた 美しい田園風景が広がる国の名前である。

「ロレーヌ」のデザインはフランスのみならず、ヨーロッパ中に広まった。
もともと服飾品はフランスの大きな貿易の一部門である。

人形に最新の流行の服飾品を着せて 輸出しているのである。
現代でいうなら ファッション誌の代わりのようなものだろうか。
通称「パンドラ」と呼ばれる人形である。

「ロレーヌ」の服を着た人形はたちまち大人気となり 
この人形と同じ服を作るための生地などもあわせて 大変な売れ行きとなった。

後に王とカロンヌ氏もこれに注目し、
織物工場やそれまでサン・トノレ通りの人形職人が作っていた人形を 
安価に大量に作れる工場の研究と建設を行い 大成功を収めることになる。

大量生産が可能になったことにより 人形はただファッションを伝えるためのものではなく 
玩具としても重宝されるようになっていき 
これもまたフランスの重要な輸出品へと発展していったのである。

だが、今はまだ 売れ始めたばかりのデザイナーに過ぎない。

アントワネットはいつの間にか ちょこちょこ 市民を覗き見るようになった。
デザイナーになったからには 自分の作品の売れ行きが気になるのは当然のこと。
可愛らしい娘さん達がこぞって「ロレーヌ」の柄を着ている。
その数が増えれば増えるほど 嬉しくなるのだ。

頃合いを見計らい オスカルはベルナールに頼み スクープ記事を出してもらった。
「デザイナー『ロレーヌ』は実は王妃マリー・アントワネットである。
しかも王妃はこのデザインによる収益を 孤児院に寄付しているのである。」
このスクープはあっさり 市民に受け入れられた。
テュイルリー宮で垣間見えた王妃は優しい母そのもので
「ロレーヌ」のデザインのイメージにぴったりであったからだ。
さらに最近の孤児院への多額の寄付も市民の話題になっていたのだ。

このスクープはまたたくまに広がり パリではこんな歌が歌われた。

王様が小麦をくれた。
王様が小麦をくれた。

黄金に輝く小麦をくれた。

王妃様がくれた。
王妃様がくれた。

青いお花の ふんわりドレス。

「上手くいきましたね。オスカルさま。」
ベルタン嬢はお茶を勧めながら微笑んだ。
「あなたのおかげです。ベルタン嬢。」
「いいえ、わたしなど ただの装飾品屋にすぎませんわ。」
「ご謙遜を。」
ふふふ…とオスカルが微笑む。
「おかげでわたくしも沢山儲けさせていただきました。」
そう すべては オスカルの仕組んだシナリオであった。
けれど それを成功させたのは やはりアントワネット自身の才能である。
いかに仕組もうともアントワネットのデザインに魅力がなければ 流行ようがないのである。
オスカルはその才能を信じたのだ。

こうして アントワネットの不人気は 徐々に解消された。
そして アントワネットに大きな生きがいを与えることにもなった。
    前へ    ダンドリBOOKの世界    次へ
inserted by FC2 system