「候 何でそんなに嬉しそうなのです?」
オスカル達が屋敷を出るのを見送りながら
満面の笑みを浮かべるラ・ファイエット候を 不審そうにリオネルは見つめた。
「何故って?これでやっと オスカルを口説けるではないか。」
「はぁ?シトワイヤン・オスカルは結婚なさるのですよ。」
「だからさ。まさか妻帯者のわたしが未婚の令嬢に手を出すわけにはいくまい。」

"あっ!そうだった。ここはおフランスで、この人は貴族だった。"

「この上は一日も早く、アンドレ君の子供を産んでもらわなければな。」
さっそく リ先生に精力剤を調合してもらうぞと
張り切る候の背中を リオネルはあきれた顔で見送った。

跡継ぎを産んでしまえば、恋愛は自由というのがフランス貴族である。

"いや 待てよ ということは わたしにもチャンスがあるということなのか"

リオネルははっとして顔を赤らめる。何も恋人は一人とは限らない。
彼女を狙う者が多いことも知っている。
彼らは皆、オスカルの恋愛解禁を今か今かと待ち望んでいるだろう。

"うわ!ということは むしろ これからの方が 男ども、
いやご婦人方にも 彼女は狙われるということか"

アンドレさんも大変だな、と思いつつにやけてしまうリオネルであった。

そんな事とは気づいていないアンドレは呑気にしていた。
「ラ・ファイエット候、いい人だったな。心からおれ達のこと祝福してくれているみたいだった。
おれ心配してたんだよ。おまえに気があるんじゃないのかって。」
「まさか。わたしなんかにか?」
「おまえは自分の魅力に無頓着過ぎるんだよ。少しは気をつけてほしい。」
「はっはっはっ それはおまえの恋する欲目というものだ。」
高笑いするオスカルを アンドレはやれやれとため息をついて見ていた。

馬車は軽やかに進む。幾度となく往復した道ではあるが 今日は特別輝いて見えた。

始めは和やかにいつもの軽口を交わしていた二人であるが 
屋敷に近づくにつれて口数が減ってきた。

「なぁ オスカル 本当におれでいいのか?」
「何をいまさら。」
「なんか 緊張するな。旦那さまや奥さまになんて言えばいいんだ?」
「別に…ただいまでいいんじゃないか?」
「おまえはそれでいいだろけど おれはどうしたらいいんだろう?」
頭を抱えて悩んでいる。

「それにおばあちゃんだ。何を言われるんだろう?想像がつかない。
祝福してくれるかな?それとも…」

ブルブル震えだす。

「おまえに手をだしたって 殺されるかも。」
「いや…まさかな…」
フォローするオスカルの声も歯切れが悪い。
ジャルジェ将軍からリ先生のお薬と灸で全快したとは聞いているが、それが却って恐ろしい。

やがて 街道から私道に入り 屋敷が木立の間から見え始めると 二人の心は歓喜に満ち溢れてきた。

「帰ってきたんだな。おれ達。」
「ああ…!」

10か月前、もう二度と帰ることは出来ないと思っていた。
もはや、反逆者となった自分が帰るべき場所ではないのだと。

あの日、全てに別れを告げた。自分を育んだもの全てに。
駆け回った庭に 初めて愛を交わした自分の部屋に。
父に 母に 愛しい人々に別れを告げ 家を出たのだ。
もはや 生きて会えるとすら思っていなかった。

馬車が門を入る前から 玄関先に人影が見えた。
ジャルジェ家の使用人とその中央にジャルジェ夫人の姿が見える。

その姿が見えただけで オスカルはもう泣き出してしまった。
ゆっくり馬車が止まると 待ちかねたように 皆が駆けよりステップが下ろされる。
扉を開けるのももどかしく オスカルが飛び出す。

母はそれを受け止め しばし 涙した。

「ただいま 帰りました。奥さま。」
アンドレがやはり 涙をこらえながら挨拶をする。
「よく よく 帰って来てくれました。二人とも。」
ようやく抱擁を解くとジャルジェ夫人はアンドレを向いてその手をとった。
「アンドレ、ありがとう オスカルを守ってくれて。」
「いいえ、奥さま。わたくしなど たいしたことはしておりません。
オスカルの力で帰って来ることが出来たのです。」
「分かっていますよ。アンドレ。
あなたの存在が どれだけオスカルを勇気付けているかは。
これからも娘をよろしく頼みます。」
「はい。命に代えましても。」
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