皆に囲まれながら屋敷に入る。何もかも変わってはいない。
けれど 一番賑やかなばあやの姿はどこにも見えなかった。

「ばあやはどこにいるんだね。」
オスカルが尋ねると侍女は
「ばあやさんは朝から張り切って オスカルさまのお部屋のお掃除をしたり 
お花を飾ったりしていますわ。
今はオスカルさまの大好きなタルトを作るために 野イチゴを摘みに行っています。」
「えっ。毎年恒例の野イチゴのタルトか?
あっでも あの野イチゴのある場所は おれとオスカルしか知らないはずだが…」
「ふっふっ…ばあやさんはちゃんとご存じですよ。
あの人はお二人の事なら何でも知っているのですから。」
「まいったな。ばれていたのか。」

野イチゴのタルトは 子供の時 その群生地を見つけて以来、毎年春のお楽しみになっていた。
その場所はオスカルとアンドレだけの秘密にしていて 毎年ふたりだけで 摘みに行っていたのだ。

「アンドレ おまえの荷物はオスカルさまの部屋に運ぶ?それとも前の部屋でいいのか。」
「もっ…もちろん、前の部屋さ。」
「何だ 真面目な奴だ。」
古馴染みの使用人はアンドレをわざとからかう。それが却ってアンドレには心地いい。
いきなり、婿扱いされたら嫌だと思っていたところなのだ。

オスカルとアンドレはそれぞれの部屋でとりあえず着替えを済ますと 
ばあやをむかえに行こうと一緒に階段を下りかけた。

その時、階下から元気な声が聞こえた。
「おや、まあ、オスカルさまはもうお帰りなのかい。」

その張りのいい声はオスカルとアンドレを安心させた。

「ばあや…」
階段の上から オスカルが声をかける。
「オスカルさま…」
ばあやの手から 野イチゴ一杯の籠が滑り落ちた。

「おばあちゃん」
アンドレも声をかけて 階段を下りる。

自分に走り寄る二人の姿が涙に滲んでしまう。

抱きしめられた温かな腕と香りは 確かに長年慈しんだオスカルに違いない。
抱き合う二人をさらにアンドレが抱きしめる。

今こそ 言おう。約束していた言葉を。
もういちどきかせると 約束した言葉を。

今こそ…

「愛しているよ ばあや… いつまでも… かぎりなく」

FIN

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