「気がつかれましたか。」
アランと入れ替わりに 初老の紳士が部屋に入って来た。
彼はオスカルの横に腰を下ろすと、額に手を当て その後手首を軽く握り脈を取り始めた。

ほっとしたように彼はオスカルの手首をそっとベッドに下ろして 
彼女の目に指を当てて目の内側を覗き込むようにしながら尋ねた。
「痛むところはあるかね?」
「どこもかしこも 痛いです。」
それを聞くと彼は おかしそうに声を上げて笑った。
「はははっ そりゃそうでしょう。8発も弾丸くらったのですから。」
彼は 助手に運ばせた洗面器で手をすすぐと オスカルに胸を開くようたした。
侍女がそれを手伝ってくれる。気が付けば自分は薄手のローブ一枚の格好であった。
胸元のリボンを解くと 大きく襟元が開き スルリと上半身が露わになった。

下を見ると 見慣れた自分の胸の下あたりから厚く包帯が巻かれている。
医師はオスカルの胸に絹のハンカチを当て 耳を付けた。

「血を吐かれたことは ありますかな?」
質問に一瞬ギクリとなったオスカルであったが すぐに答えた。
「はい 何度か。」
「どのくらい?」
「さぁ…手に収まらず零れるくらいは…」
「いつごろから?」
「初めて血を吐いたのは たしか2週間くらい前だと思います。」
「その前から 体がだるかったり 咳が出たりしていたんですね。」
「はい。」

医師の暗い顔がオスカルを不安にする。
「とりあえず 傷を看てみましょう。」
オスカルを横にして 包帯をとる。
「今のところ 化膿はしていないようです。」
医師は傷口を縛っている糸の上に薬を塗り込み包帯を替えた。
それから体のあちこちの傷を看て回った。

一通り診察を終え 医師が手をすすぎ 助手が道具を片づけ始めるのを見てオスカルは尋ねた。
「先生 わたしはどうなのですか?」
「腹の銃創以外はもうさほど心配はいらないでしょう。
初期手当をしてくれた兵士に感謝したほうがいい。
強く縛り上げてくれたおかげで これ程の銃弾を浴びながら 失血死しなくて済んだのですから。」
ここで医師は言葉を止めて暗い顔をした。
「ですが、その腹の傷は厄介です。弾は完全に摘出できましたが 傷は深い。
それに胸の方はだいぶ酷いようですね。」
「わたしは 助からないのですか?」
「正直に言うと あまり良くはない。しかし、治った例をわたしは多く見ています。
ともかく今は安静にしていることです。」
そう言って医師は帰って行った。

診察の間にオスカルの意識は完全に目覚め 思考はめまぐるしく始まっていた。
自分が寝ている間に 事態は大きく進展しているのだろう。
どうして自分がラ・ファイエット候の屋敷にいるのか?
アンドレや衛兵隊の皆はどうしているのか?状況を早く把握したかった。
自分はどうやら見張られているようだ。部屋の中には侍女たちの他に数人の男達がいた。
彼らはラ・ファイエット候が置いた見張りと考える方が自然だった。
信頼できるのは今のところ アランだけだ。
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