医師が部屋から出るのと入れ違いにアランが入って来た。
診察の間 入室を遠慮していたのだろう。

「隊長 偉いことになっていますよ。」
彼の顔は興奮で紅潮していた。
「外に出られないので、ラ・ファイエット候の部下に聞いてきた話なのですが、
どうやら王様が自ら国民議会に出向かれて 軍を引くと約束されたらしいです。
さっき聞こえたのは それを祝う祝砲だそうです。」

"外に出られない?"

やはり わたし達は軟禁されているのかと感じた。
けれどあえてオスカルは微笑んで、興奮するアランに尋ねた。
「アラン まずはアンドレと衛兵隊の様子を教えてくれ。それから何故わたしがここにいるのかも。」
「あ…」
アランは興奮した自分が恥ずかしかったのか 下を向いて頭をかいた。
それから 椅子をべッドの傍に寄せ話し始めた。

「アンドレとジャンは市庁舎で手当を受けています。
他の隊員は全員無事です。今は市民軍と合流しています。」
「そうか、ともかく皆無事なのだな。」
オスカルは安堵の息を漏らした。
「ええ 一番重症なのは隊長ですよ。」
アランは肩をすくめた。

「隊長はバスティーユから救護所に向かう間に気を失われました。
おれは救護所に着くなり、止血を急ぎました。」
「先ほど医師がみごとな応急処置だったと褒めていたがおまえがやってくれたのか。」
「見事かどうかは分かりませんが 親父から銃創で一番怖いのは 
血を失うことだと聞いていましたから ともかく止血に専念しました。」
「そうか アランの父上も軍人だったのか?」
「はい おれが言うのもなんですが 勇敢な兵士だったと思います。
危険を顧みず敵地に入り数々の軍功をあげました。
おかげで 貴族の称号がもらえ おれは士官学校を卒業することができました。けれど…」
フッとアランは笑った。
「その親父が命がけで遺してくれた少尉の地位を おれは拳で失くしました。」
「あれは 前の司令官が悪いのだ。アランのせいではないだろう。」
「いいえ、隊長。やっぱり おれが悪い。
やつがディアンヌによこしまな気持ちを抱いているのを見抜けなかったんですから。」
しばし 沈黙が流れる。

「つまらないことを言いました。話を戻します、隊長。
救護所で隊長の応急処置をしてもらっていると 
バスティーユが落ちたと歓声があがりました。」
「では、あの要塞をついに陥としたのか!」
オスカルは思わず身を乗り出した。が、すぐ痛みに顔を歪めた。
にも関わらず 興奮して続けた。
「凄いな!禄に訓練も受けていない市民ばかりなのに 
ただでさえ 困難な要塞攻めを成功させるとは!」
「はい。」
アランは オスカルの興奮の収まるのを静かに待った。
その脳裏には あのおそろしい光景が思い出されたが 彼女にそれを教える必要はないだろう。

あの日、100人近い市民が亡くなった。
その屍の上をド・ローネ侯爵の生首が槍の先に掲げられ行進して行ったのだ。

「隊長は重体でしたので 医師の集まっている市庁舎に運びたかったのですが 
通りという通りは人が溢れ どこも通れませんでした。
すると近くにいた人が おれを呼び止め馬車を呼んでくれてこの屋敷に連れて来てくれたんです。
始めは協力的な市民の家だとしか思っていなかったのですが 
まさか ラ・ファイエット侯爵のお屋敷だったなんて。」

偶然?いやそうではあるまい。

「アラン わたしがここにいることは みんな知っているのか?」
「いいえ、ここに運んでくれた人が 隊長は反逆者だから身を隠した方がいいというので 
隊長が無事だということだけ ユラン伍長に伝えてもらいました。」
アランの目だけが 侍女たちの方に向く。
それにオスカルは軽く頷いた。

アランも気が付いているのだ。これが偶然ではないことに。
わたし達が見張られていることに。

「伝言を届けてもらった男が ユラン伍長から手紙を預かって来てくれました。」
そういうとアランは軍服の合わせを少し開け 手紙を取りだした。

「読み上げます。元フランス衛兵隊員は皆無事。
重症者アンドレ・グランディエ ジャン・シニエ 以上の者は市庁舎にて治療中。
隊は市民軍に組み込まれ パリ市の指示に従っています。以上です。」
そういうと手紙をオスカルに渡した。
がそこには 衛兵隊独自の暗号で先ほどアランが話した以外にも
連絡を取り合う手段などが示されていた。
「そうか。わかった。」
オスカルは顔色を変えず手紙をアランに返した。それをアランは再び懐に仕舞った。

「昨日はあの後、激しい雨になりました。そのおかげでパリの街はやや落ち着きを取り戻したようです。
ラ・ファイエット家の執事さんが侍医を呼んで隊長の手当をして下さり 
しばらく ここで治療なさるようにとおっしゃってくださっています。」
「では、しばらく甘えることにしよう。」
「おれもその方がいいと思います。」

「アラン おまえあれから休んでないんじゃないのか?」
「平気ですよ おれは。」
「いやダメだ。おまえも怪我をしているのだろう?」
オスカルはアランの吊った腕を見た。
「肩に一発くらいましたが なあにかすり傷です。」
はははっとアランは軽くいなしたが かすり傷で腕を吊ったりはしない。

"アランはそんな肩で私を抱いて運んだのか…"

「ありがとう アラン 感謝する。」
「やめてください。隊長 調子狂うじゃないですか。」
「では、いつもの調子で。アラン班長!休息を命じる!」
「はっ」
つい 敬礼をしてしまったアランだが すぐにハッとなった。
そんな様子にオスカルはクスクス笑ってしまった。

侍女に頼んでアランの食事とべッドを用意してもらった。
アランはだいぶ 渋い顔をしていたが 小さな声で
「何かあったら 大声を出して下さいよ。」
そう耳打ちした。
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