アランがいなくなると 待ちかねたように侍女達が集まってきた。
「食事はなされますか?それとも一度お召し物を替えましょうか?」
正直 心臓が脈打つたびに体中の傷が痛んで 食事どころではないのだが、
オスカルは無理にでも食べようと思った。一刻も早く 体を治さなければならない。
運ばれてきたスープを受け取るとオスカルは痛みに耐えて口に運んだ。

スープだけの食事が終わるとオスカルは深くクッションに身を沈めた。
頭の中を整理する。

つまりはこうだ。ラ・ファイエット候があらかじめ 市内の情報を探らせていた斥候に
わたしは助けられたと同時に囚われたのだ。

ラ・ファイエット候は少し前から 市民軍創設に関わっていた。
本当なら彼は輝かしい英雄としてその頂点に立つはずだった。
だが、事態の緊迫は彼の予想をはるかに上回る速さで進展し 市民は暴走してしまった。
その行き着いた先がバスティーユだ。

そこでわたしが華々しく指揮官として 勝利してしまった。
死んでしまえば良かったのだろうが わたしは生きていた。
このままいけば市民はわたしを英雄として担ぎ上げるかもしれない。
市民の目からわたしを隠す必要があるわけだ。

見殺しにしなかったのは おそらく 今後の利用価値と 彼自身の善良さのせいだろう。

トントン 軽いノックの音がした。
侍女が扉を開けると ラ・ファイエット候が紅潮した顔で現れた。

「気分はどうかね?ジャルジェ君」
彼は赤と青の帽章の付いた三角帽を脱ぎながらご機嫌な声を上げた。
「これは ラ・ファイエット将軍 おかげさまで地獄より生還いたしました。」
オスカルは少々オーバー気味に感謝の意を表した。

それに気をよくした ラ・ファイエット候は先ほどまでアランが座っていた椅子に座り、
自分の武勇をベラベラしゃべり始めた。

「夕べは酷い嵐だったが わたしの熱い愛国心はいささかも 衰えはしなかった。
バスティーユ陥落の報は 今朝ベルサイユ中を駆け巡り おろかな貴族共を震えあがらせた。
気の小さいものなど 宮殿を逃げ出したくらいだ。
だが、多くの者はうろうろどうしていいか分からず 
寄り集まっては足らぬ頭で お互いの恐怖を煽り合っていたに過ぎない。」

ここで彼は手を上げて 侍女にワインを頼んだ。
「つまみはチーズでいいかね?」
オスカルが頷くと 侍女は優雅に一礼し、下がった。
こりゃ長くなるなとオスカルは痛む体を少しずらした。

「右往左往する彼らをしり目に 我々国民議会議員は冷静に事態を見極めた。
今こそ王を取り巻く悪しき輩を一掃し あの徳高く 聡明なネッケル氏を呼び戻す時なのだと!
そして 王にそれを進言する代表にわたしが推挙されたのだよ。」

ここで彼は目を閉じて胸を張った。

"うっ これはわたしに 何か称賛の言葉をかけろと言うことか…"

やれやれ オスカルは引きつりながらも 彼を讃えた。
「さすがは 両大陸の英雄と謳われるだけのことはありますな。」
拍手もおまけしてやると、まあまあと彼は嬉しそうにそれを止めた。

「が、わたしはそれを務めることはできなかったのだよ。何故だと思う?」
「さぁ…」
「ふふっ 当てることはまず無理だろうね。それは君の想像をはるかにしのぐものなのだよ。」

"もったいぶらないで 早く言ってくれ "

オスカルはニコニコ聞いてはいたが 痛みで体は千切れそうだった。

「驚かないでくれたまえ。なんと 王自らその腕にジョゼフ殿下を抱き 
プロバンス伯 アルトワ伯のみをお連れになり 
護衛も付けず徒歩で我らのもとにいらしてくれたのだ。」
「陛下が!?」
これにはさすがに驚いた。宮殿から国民議会までは確かにさほどの距離はない。
しかし 世の中は今荒れ狂っている。護衛も付けず 馬車にも乗らず 
身をさらして王が歩いて 国民の代表のもとに赴いたのというのだから!

言葉を失ったオスカルの驚いた顔に満足したラ・ファイエット候は言葉を続けた。

「凄い事じゃないか!我らがルイ16世はこう申された。

『パリが荒れ狂い もはや手の付けようのない事態に陥っていると聞く。
哀しい事だ。常に国民と一つでありたいと願うわたしの心は大変傷ついている。
わたしはここにいる諸君を信頼し助けを願おう。国民全体を助けんがため集まった諸君。
わが臣民の忠誠と愛情を信じて 
わたしはわたしの軍隊にベルサイユおよびにパリから撤退するように命じた。
このことを諸君らはパリの人々に伝えてもらいたい。
このようなことは国民の代表たる国民義会の議員諸君にしかできないことだろう』

すばらしいことだ!王はその口から「国民議会」とはっきりおっしゃり
我らを国民の代表とお認めくださったのだ!
そして 悪しき取り巻きではなく まして軍隊でもなく 我らこそ頼みとしてくださったのだ。」

ラ・ファイエット候は立ち上がり オスカルのベッドに片手を付き 
もう一方の手を強く握り 熱弁をふるった。
「もちろん、我らは歓喜して すぐさま手当たり次第馬車を用意して パリに急いだ。」
彼は体を起こし天井を見上げる。
あたかもそこに広々とした空が広がっているかのような目をして。

候の熱弁の合間を図っていたかのように ワインとチーズが運ばれてきた。
「まぁ 飲みたまえ」
上機嫌で彼はオスカルに勝利の赤ワインを勧めた。
ここからは彼の独壇場であった。いかに自分たちが市民から歓迎を受けたか、
自分がパリ市庁舎で皆に聞かせた王との感動的な逸話に 聴衆は歓喜し感動に涙したか。
その感動の中で市民軍は新たに国民軍となり、自分はその司令官に推挙されたのだと。
それをオスカルは忍耐を持って聞き入った。
虚飾の多い話ではあるが 重要な情報源でもあるのだ。
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